人間牧場

〇自給自足の贈り物

稲葉さん自作のアメノウオの燻製
稲葉さん自作のアメノウオの燻製

 昨日の昼過ぎ、親友の稲葉眞光さんがわが家にやって来ました。稲葉さんは面白い人で、砥部町で自動車の板金修理工場を営んでいますが、最近はその修理工場の経営を息子さんに任せ、農業をしているのです。私は素人ながら稲葉さんにいつも言っていることは「遊びの農業は楽しいが飯を食わなければならない農業はしんどい」です。農業に門外な私がやっている農業は、家庭菜園も人間牧場も全て遊びの域を超えない農業なので、たとえ天候不順でできなくても、またイノシシやハクビシンに農作物を荒らされようとも、仕方がないことと諦め、歌の文句ではありませんが、「明日があるさ」となるのです。しかし農業で生計を立てるにはそれらに打ち勝ち、成果を収めなければならないのです。

福岡のり子さんが届けてくれた美味しいひな豆
福岡のり子さんが届けてくれた美味しいひな豆

 稲葉さんもそのことを意識して、わが双海町に約5反ほどの農地を買い求め、せっせと農業を始めていて、意志半ばながら大分腰の据わった農業を本格的に始めているようで、ひとまず安心といったところです。昨日はアメノウオの燻製品ができたことを報告にやって来ました。西予市宇和町の観音水でアメノウオを養殖している、親友佐藤正治さんから仕入れた淡水魚を燻製したようで、かなりいい状態で仕上がっていて、今日下灘運動公園周辺で開かれる予定の軽トラ市に出品するようですが、はてさて価値の分らない人たちに売れるかどうかといったところです。最近稲葉さんと切干大根談義をしています。切干大根とヒジキの煮付けはどのホテルの朝食にも、必ず見かけるものですが、大根は大きい小さいや出来栄え等で見た目評価されますが、切干大根は細かく切って干すため、例え小さいくず大根でも切干大根にすると価値は変わらないのです。私が最近手掛けて仕上げた切干大根を見て感心しきりでした。

 稲葉さんが帰ったところへ漁協女性部の福岡のり子さんが、ひな豆を沢山持って来てくれました。そういえばもうその時期か!!と思いながら受け取りました。毎年この時期になるとのり子さんは自分で手作りしたひな豆を届けてくれるのです。お礼にハチミツを少し差し上げましたが、前回差し上げた蜂蜜は、ガンで昨年亡くなった弟さんに食べさせたそうで、とても喜んでくれました。
 田舎は様々な自給が行なわれます。稲葉さんのアメノウオは自給というより新商品開発ですが、人それぞれ自分の得意分野でまず自給し、自給のお裾分けをしながら生きるのも田舎流の楽しみ方です。今年は切干大根も沢山作ったので、お裾分けしながらまた新しい自給を考えたいものです。

  「アメノウオ 燻製品を 届けたる 仲間と談笑 楽しからずや」

  「作りたる 切干大根 見せながら 自給色々 次の作戦」

  「ひな豆を 袋どっさり 嬉しいね そんな時期かと 早さ感じる」

  「田舎ゆえ 田舎暮らしの 幸せを 実感せねば 申し訳ない」 

 

 

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人間牧場

〇素敵なプレゼントが届く

 1週間ほど前の1月22日、愛媛県金融広報委員会の依頼で、西予市立中川小学校へ講演に出かけました。小学4年生の教室での授業ですから、講演というよりは講義というのが正しいのかも知れませんが、昨日郵便ポストに届いていた郵便物を若嫁が私の所まで持って来てくれました。その中に中川小学校の堀田春奈先生からの少し大きめの封筒が届いていました。封を切ると中から金色のリボンで綴じられた文集が出てきました。表紙には私が四年生の教壇に立って授業をしている写真がプリントしていて、中々いい写真でした。

堀田先生から送られて来た感想文
堀田先生から送られて来た感想文

 表紙に貼っていたポストイットに堀田先生の心温まるお礼のコメントが書かれていました。私はこう見えても案外筆まめで、毎日3通のハガキを書くよう自分自身に私が命令していて、既に堀田先生に明くる日、お礼のハガキを差し出したような記憶があるので、少し安堵してこの文集をめくりました。「若松進一先生へ」との書き出しで始まる17人の子どもたちの感想文は、いずれもとても綺麗で丁寧に書かれていました。本当はみんなの文章を紹介したいのですが、えこひいきしてはいけないので、一番上にあった都築心さんの感想文を紹介します。

「先日はお金のことをたくさん教えてくださってありがとうございました。ぼくはお金がどれくらい大事でどのように使えばいいかがよく分りました。そして氷は出ている部分がほんの少しだけど、人間はがんばればたくさんできることが分りました。これからはぼくもがんばってたくさんにして、お金も先のことを考えて少しずつ使いたいです。本当にありがとうございました。 4年都築心」
 17人の感想文にはこの日のテーマであった小遣い帳のつけ方やお年玉の使い方、潜在能力と顕在能力の話がリアルに書かれていました。

 私はもう40年近くもこのように、金融広報委員会の委嘱を受けた金融広報アドバイザーとして、あちこちでお金に関する話をしていますが、小・中・高校で児童生徒に話す機会も多く、私たちの育った世代と現代の子どもたちの置かれている立場は、隔世の感がするほど違いますが、金銭教育には不易な部分が沢山あって、古い私でも十分通じることだっていっぱいあるのです。ゆえに時代遅れだしもうそろそろ、その職を辞退しようと思いつつ、甘い言葉で請われるものですからついついその気になって、長い関係になってしまいました。でもこの感想文に勇気づけられて、もう少しボランティアしようかと心が揺れ動いている今日この頃です。

  「西予市の 小学4年の 教壇に 立って講義を 臆目もなしに」

  「授業した 様子の写真 プリントし 感想文が 丁寧届く」

  「難しい お金の話 子どもらに 分り易くを 心がけ話す」

  「感想文 これは私の 宝物 勇気づけられ も少し頑張ろ」

 

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人間牧場

〇とも遠方より来るありまた楽しからずや(その3)

翠小学校にて
翠小学校にて

 三秋の峠を越え、高野川の坂道を下ると、伊予灘の海が開けてきます。北海道オホーツク沿岸で漁師をしている井田さんご夫妻にとっては、海こそ違え潮の香りはどこか懐かしさを感じるのか、車窓右手に広がる双海町の海を懐かしそうに見入っていました。私たち一行はまず翠小学校へお邪魔しました。いつもアポも取らずいきなりの飛び込みながら、校長先生や教頭先生に温かく迎えてもらい、授業中でしたが複式授業の様子も教室に入って見学させてもらいました。

閏住の菜の花畑にて
閏住の菜の花畑にて

 その後わが家へ立ち寄り、海の資料館海舟館を見学した後、居合わせた若嫁が温かいお茶を入れてくれ、わが家のゲストハウス煙会所でくつろぎました。井田さんのご主人は親父が造って展示している船の模型に特に関心を寄せ、見入ったり写真に撮っていました。わが家は私が若いころから親父が「草鞋を履け草鞋を脱げ」という言葉を口癖のように言っていました。草鞋を履くことは旅に出ること、草鞋を脱ぐことは一宿一飯の恩義に預かることです。遠来の人を温かく家に迎え入れることも、若い頃から行なっているので、井田さんご夫妻もすっかり心を開いてくれたようでした。

下灘駅にて
下灘駅にて

 早くも三分咲きになった閏住の菜の花や下灘駅界隈、下浜の水仙畑を案内しているといつの間にか時間が午後4時頃になってしまい、急いで人間牧場を目指しました。井田さんの奥さんが憧れていたのは、私がfacebookにアップしていた、水平線の家のウッドデッキに背もたれ椅子を持ち出して、寝そべることだそうなので、早速準備をし希望通りのシチュエーションで記念撮影しました。その写真は既に井田さんのがfacebookにアップして、沢山の友人が閲覧しているようです。
 帰り際シーサイド公園に立ち寄り、漁協女性部の閉店間際だったじゃこ天のお店で、じゃこ天を焼いてもらい頬張りながら、公園内を散策し案内を終わりました。

人間牧場のロケーション風呂にて
人間牧場のロケーション風呂にて

 井田さん夫婦は私が予約していた宿泊先であるウエルピア伊予へ向い、私は迎えに来てくれた若嫁の車で自宅まで帰りましたが、はてさてはるばる北海道から来た井田さんご夫妻の満足の行くような案内ができたかどうか分りませんが、お二人は多分昨日レンタカーで次の目的地である内子町や宇和島市、四万十目指して度を続けたものと思われます。私ももう間もなくリアイアするであろう妻と二人で、井田さんご夫妻のようなのんびりゆっくりの旅をして見たいと思いました。
 「友遠方より来るありまた楽しからずや」、そんな心に残る一日でした。

  「友来たる 楽しからずや レンタカー 私運転 あっちこっちと」

  「双海町 案内すれば 色々と 特色ありて 面白きかな」

  「何枚か 仲むつまじい 写真撮る 少し熱々 旅の思い出」

  「私たち 夫婦もいつか このように のんびりゆっくり 旅してみたい」 

P1070164

 

 

 

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〇友遠方より来るありまた楽しからずや(その1)

 北海道常呂郡佐呂間町に住む井田貴子さんから昨年末、「シーズンオフを利用して四国へ行きたいので案内を頼む」と電話が入りました。聞けば1月25日に空路広島入りし、広島で一泊した後しまなみ海道を渡って愛媛入りし、その晩は道後のふなやに泊まり、明くる日双海町の私の所へ来たいというのです。早速27日の宿を手配し、何処を案内するか一人思案しました。
 私の考えでは四国八十八カ所の一つ石手寺、松山のシンボル松山城、双海の翠小学校、わが家の私設公民館煙会所と海の資料館海舟館、閏住の菜の花畑、下灘駅、下浜の水仙畑、人間牧場、シーサイド公園くらいにしようかと行程を練りました。

 井田さんのご主人は佐呂間漁協の理事さんをしていて、3年前私が佐呂間漁協へ講演に招かれた折、サロマ湖周辺や網走周辺を案内してもらい、2年前に漁協の研修旅行で道後温泉に来られた折も出会っていますが、今回は夫婦揃っての旅のようでした。井田さんはfacebook友だちでもあるので、彼女が出発してからの足取りは、リアルタイムでfacebookに小まめに写真つきで書き込みがあって、心待ちにする機運が高まりました。
 前日早めに道後温泉のふなやに着いた井田さんご夫妻は、雨がかなり降っていたので道後温泉周辺を探索する程度に足止めされていたようでした。前夜明くる日の予定を電話で話し、私は昨日の朝列車で松山へ向かいました。

 というのも、双海町のあとの行程は内子町、宇和島市、四万十などを予定していて、松山でレンタカーを借りる予定のようだったので、私がJR松山駅前のレンタカー会社に移動して合流した方が便利だと思ったのです。昨日の朝息子にJRいよ上灘駅まで送ってもらい、午前7時42分の鈍行列車に乗りました。朝の通勤通学列車は比較的空いていて、海側に席を取り、過ぎ行く車窓を眺めながら40分ほどで松山駅に到着しました。待ち合わせ時間は午前9時でしたが、駅前のどのレンタカー会社か聞き漏らしていて、井田さんに電話を入れるも出発の取り込み中とあって通じず、そこら辺を散歩して時間を費やし、落ち合いました。レンタカー会社の担当者が双海町出身の顔見知りだった偶然も重なり、借りたプリウスを私が運転して、石手寺へ向いました。

  「はるばると 北海道から 友来る 何処を案内 しようか迷う」

  「久方に 鈍行列車で 松山へ のんびりゆっくり 方言聞きつ」

  「久しぶり 出会いし友を レンタカー 乗せて運転 市内を走る 

  「とりあえず 石手寺参り 手を合わせ 無病息災 家内安全」

 

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人間牧場

〇冬を暖かく過ごす薪ストーブ

 人間牧場に寒い冬がやって来ています。気候の良い春・夏・秋は沢山の人がやって来て賑わいますが、今の時期は訪れる人も少なくひっそりとしています。しかしこの時期だからこそ、人間牧場を造った目的である「本を読んだり物思いにふけながら昼寝をしたい」という本当の楽しみ方が味わえるのです。
 昨日は午後3時に人間牧場へ来客があるので、少し早めに出かけて薪ストーブに火を入れました。昨日はあいにく朝から一日中肌寒い雨が降り、冬としては珍しく霧が出て、春近しを感じるような日和でしたが、薪ストームのお陰で水平線の家の室内はポカポカ陽気となり、薪ストーブの近くへ背もたれ椅子を運んで、思いつくまま書棚の本を2~3冊選び、横たわりながら読書をしました。

薪ストーブを一人楽しんでいます。
人間牧場の薪ストーブを一人楽しんでいます。

 息子がインターネットで比較的安く買ってくれた薪ストーブも、早くも使い始めて10年の月日が経ちました。冬場に年間20回くらいしか使わないので、薪も想定した範囲内の消費量で、古い薪はもう6~7年も前から薪小屋に積み上げ乾燥しきっているので、昨日のような雨の日でも完全燃焼し、部屋を暖かくしてくれるのです。
 最近薪ストーブがブームのようで、ホームセンターにも幾つか展示していたり、地域づくりの会合でも囲炉裏や五右衛門風呂、薪ストーブのことが話題になるようですが、その殆どの人は薪・炭が必要なことや、出てくる煙や灰、ススなどについては余り意識が向いていないようです。私は家の横に煙会所という囲炉裏を切った部屋を持っています。加えて人間牧場には薪ストーブ、囲炉裏、五右衛門風呂に加えかまどやピザ釜まで作っていますが、それら全てに使う薪や炭の量は半端ではなく、毎年その調達や薪割りに汗を流してるのです。

 汗の代償とでも言うべき暖かさを体感できるのは、私につながる人たちで、主人の私は忙しく来客の世話をするため、のんびりゆっくりすることは余りありませんが、昨日は贅沢にも薪ストーブの暖かさをたった一人で味わうことができました。冬ゆえ遠のいていた五右衛門風呂も近々薪で沸かして、温泉気分も味わいたいと思っています。
 私は今、暇を見つけて人間牧場を造ってからこの10年間の、活動の様子を回顧しながら、「人間牧場物語」という本の執筆に取り組んでいます。出版するかどうかはまだ未定ですが、昨日は背もたれ椅子に体を沈めながら、過ぎ越しこの10年を振り返り、目次構想に思いを巡らせました。今は大寒の寒い時期ですが、これからも薪ストーブを焚いて、一人のんびり冬を楽しみたいと思っています。

  「牧場の 薪ストーブに 火を入れて 傍の背もたれ 体沈めて」

  「赤々と 燃えるストーブ 暖かい ついウトウトと 本を枕に」

  「外は雨 霧まで降って ほの暗い 部屋にこもって あれこれ思う」

  「これからは 冬を楽しむ ことだって できると思い 早速実行」

 

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人間牧場

〇春はそこまで来ています

早くも芽を膨らませている川津桜
早くも芽を膨らませている川津桜

 目にはさやかに見えねども、季節は巡りて早くも春の足音が聞こえています。昨日は人間牧場の畑の中耕をしましたが、鍬で土を掘り返してみると、ヨモギなどの雑草は地上の芽は動いていないものの、白い根を土の中で四方八方に伸ばして、春の準備をしています。昨年植えた早生系の川津桜は早くも新梢が膨らんで、葉芽も顔を覗かせているようで、どんな花が咲くか今から楽しみです。

成長著しい標準木の枝垂桜
成長著しい標準木の枝垂桜

 人間牧場に4年前、枝垂桜の苗を2本植えました。私が代表を務める21世紀えひめニューフロンティアグループでは、各地の地域づくりを桜の苗木で支援しようと、千本桜の森事業というのを始めました。既に全県下に目論見どおり千本の桜が植えられましたが、その折人間牧場に成長の目安として標準木となる枝垂桜を2本植えました。一緒に植えた一本はそれ程成長していませんが、倉庫横に植えた一本は適地だったのか、目を見張るような成長ぶりで、風で梢が吹き飛んだものの、早くも根元は太腕ほどの大きさに成長して、昨年も綺麗な花を見ることができました。

閏住の菜の花が咲き始めました
閏住の菜の花が咲き始めました

 下浜の水仙畑に続き、閏住の菜の花も咲き始めました。昨日人間牧場からの帰りに妹の店である「くじら」に立ち寄った折見ましたが、早くも3分咲きといったところで、気の早い花見客が沢山集まって写真に収めていました。これから3月まではこの菜の花を見に沢山の人が集まりますが、心ない花見客がいるもので、昨日も花をかき分けて花の中には入って写真を撮っていました。私が注意をすると不機嫌そうに花の中から出ましたが、花を作っている地元のひとのことを思えば、こんなことはできなはずだと、マナーの悪さに心が傷みました。暦は大寒のころで、まだまだ寒波もやって来るでしょうが、春はもうそこまで来ています。

  「地中では 早くもヨモギ 根を伸ばし 春が来たこと 私に告げる」

  「よく見ると 川津桜の 膨らみも 待ち遠しいなあ 桜の季節」

  「標準に しようと思い 倉庫隅 植えた桜が 今じゃ立派に」

  「閏住の 菜の花ただ今 三分咲き 列車一両 長閑に走る」

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人間牧場

〇地域事務所のロビー展

 昨日は子ども体験塾でペットボトルピザ作りをやるため、地域事務所のロビーに暖房を入れてもらい、大勢の参加者が裏の駐車場と行き交いながら楽しく過ごしました。双海町役場だったころ、私も役場の建設に少し関わり、ロビーを文化的に活用するようにしてはどうかと時の町長に進言し、町長もその意見を汲んで展示スペースを作ってくれましたが、展示スペースを作ったものの、役場職員の文化的意識が伴わず、展示計画を組むこともできず多少難儀をしていました。それでも展示担当でない他部局の私は、言い出しっぺだったので、自分の家で収集している面や和船模型、版画などを提供して展示に協力しましたが、役場が合併して地域事務所になると、ロビーの関心も薄れ、時には何も展示しない時もあるようです。

親友谷岡さんの娘さんの作品展
親友谷岡さんの娘さんの作品展

P1070108 最近は公民館の赤石さんが中心になって広域的に進めている、子どもの絆プロジェクトの展示を行なっているようですが、その横に伊予市に住む谷岡和美さんの娘さんが、昨年の文化祭のパンフレットに使ったイラストを画いたので、娘さんの絵を個展風に飾っていて、興味をそそられ見学しました。
 谷岡さんは伊予市商店街で衣料品店を営んでいますが、商店街の一角に造ったいっぷく亭の運営を他の仲間と中心的に行なっていて、私も何度か商業組合の徳本さんを介して話を頼まれ出かけ、すっかりお友だちになった親しい間柄なのです。

 松山への道すがら時折谷岡さんのお店を訪ねることがありますが、お店の壁に娘さんの書や絵が額に入れて飾っているのを見て、いい才能を持っていると思いました。わが息子も伊予市街のまちづくりを地域おこし協力隊の新居田さんや市役所の松本さんたちとやっているご縁もあって、別ルートで谷岡さんの娘さんと知り合って一緒にやっているようですが、絵も音楽も書も駄目な私は、音楽に造詣の深い谷岡さんと、絵や書に独特の作風を持っている娘さんに多少憧れを持っています。昨日ロビーに展示している絵を子どもたちと一緒に見ましたが、子どもたちは口々に「綺麗!!、可愛いい!!」と言っていました。何げなく展示しているように見えるロビー展ですが、これからも大いに活用して欲しいものです。

  「何げない 地域事務所の ロビー展 知人の娘 個展のように」

  「絵の画けぬ 自分がゆえに 絵が画ける 人の絵を見て こんなに画けたら」

  「見た子ども 綺麗!!可愛い!! 連発し 少し影響 受けたでしょうか」

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人間牧場

〇歳をとったらニコ・ピン・コロ

 やはり歳のせいでしょうか、最近辺りを見渡すと、膝や腰が痛いという人や、杖をついて歩く人がやけに気になり始めました。また色々な薬を飲んでいる人も少なくないようで、いよいよ私もそのような年齢に近づいてきたことを実感しています。私は今のところ悪いのは顔だけで(笑い)、痛いところもかゆいところもなく日々を暮らしていますが、それは日常の心がけの賜物と自分で自分を誉めてやりたい心境です。

 私は朝起きると読書やブログを書いた後、ジョギングとウォーキングに出かけます。ジョギングといっても2km程度の短い距離で、残りの少し急できつい山道はウォーキングで上り下りします。ジョギングとウォーキングを合わせると大体6千歩程度ですが、少し肌寒いこの時期だから、毛糸の帽子と手袋をしていても、汗をかくこともなく体がポカポカしてきます。夕方はウォーキングのみで4千歩で、合計は目標の1万歩といったところです。

 ロコモティブシンドロームという言葉があります。運動機能の低下のことをいうそうですが、基礎代謝能力の落ちている高齢者は、ほおっておくとロコモティブシンドロームになり、やがて動けなくなるので、進んで体を動かさなければなりません。高齢者にとって一番は何といっても社会に迷惑をかけないこと、極力病院にかからないことのようです。昔「ニコニコ・ピンピン・コロリンシャン」という言葉を聞きました。ニコニコは笑顔で明るく生きることです。ピンピンは病気にならず健康に生きることです。コロリンシャンは寝たっきりにならないことのようです。

 私たちはそういいながら、いつ何時病気にかかるかも知れません。また寝たっきりになるかも知れません。親父の介護をしてみてつくづく思うのですが、介護をする方も大変ですが、介護される方もそれ以上に辛くてしんどいのです。健康は日々の蓄積がないと保てないのですから、これからもそのことをしっかり意識して、毎日を過ごしたいものです。私も平均余命が20年を切りました。つまり20年経ったらお寺へ行かなければなりません。さあ人に迷惑をかけず、むしろ少しでも世の中のお役に立って、あの世へ参りたいと思っています。

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人間牧場

〇懐かしい人に出会いました。

 出前授業と講演会を頼まれて訪問していた西予市立中川小学校の校長室で、昔瀬戸町へ派遣社会教育主事として赴任していたという教頭先生とお話をしてると、校長室の戸を「コンコン」と叩く音がして、お年寄りの女性が一人「若松先生にお会いしたいのですがよろしいでしょうか?」と入って来られました。「私は先生ではない若松ですが?」と立ち上がると、その女性はいきなり「若松さん、私の顔を覚えていますか?」と言うのです。私は毎日不特定多数の人を対象にお話をしているので、とっさに言われても「はて?」と傷みかけた記憶装置をフル回転させながら、「宇和町・・・、女性・・・・」と記憶を辿り、「上甲さんじゃありませんか?」と答えると、「覚えてもらっていて嬉しい!!、私は上甲八重子です。その節はお世話になりました」と笑顔で近づき握手をして再会を喜びました。

久しぶりに出会った上甲さんと末光さん
久しぶりに出会った上甲さんと末光さん

 私の記憶が正しければ、上甲さんは元学校の教員で、退職後宇和町の初代連合婦人会長になったり、その後教育委員会で婦人担当の社会教育指導員をしていました。当時の旧宇和町は県内きっての社会教育先進地として注目を集めていました。ゆえに社会教育の仕事をししていた私は、度々宇和町を訪れ、関係者と深い交流をしていました。上甲さんもそのお一人で、講演に招かれたりしながら交友を深めたものでした。聞けば年齢は95歳で独居だそうですが、なおかくしゃくとして、耳も目も歩く姿もしゃんとしていました。私が加齢しつつあるように、私の知人友人だった社会教育関係者も私の視界から消えつつありますが、こうして元気で暮らしている人に出会うと、こちらが激励されているようで、しっかり生きねばと思った次第です。

 講演会にはこれまた懐かしい、かつての公民館長末光安雄さんも見えられ、私の話を熱心に聞いてくれました。私にとっては歳がふた回り違う上甲のおばあちゃんも、ひと回り違う末光のおじいちゃんも、自分と同じスピードで歳をとってきたので、当時にタイムスリップしたような感じがして懐かしく思いました。
 私はこれまでの人生においてどれほどの人に出会い、どれほどの導きを受けてきたことでしょう。「人は人によりて人となる」のだとしたら、上甲さんも末光さんもいわば私の恩人なのです。「これからも元気でお過ごし下さい」と握手を交わし、少し涙ぐんでお別れしました。

  「覚えてる? いきなり私に 問いかける 95歳の 昔の知人」

  「動き出す 古い体内 記憶機が 20年ぶり 見事ピンポ~ン」

  「懐かしき 日々の思い出 蘇る あの頃お互い 燃えていました」

  「元気でと 言葉を交わし 分かれたが 少し涙が 感動人間」

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〇久しぶりの夢工房

 私は若い頃から色々なグループに所属して、同年代の人と志を培ってきましたが、夢工房という20人ほどのグループもそのひとつで、もう35年も前に私と高岡さんが作った県庁職員・市町村職員をメンバーにした勉強会です。県庁と市町村には昔から目に見えない上下関係のようなものがあって、余り交流がありませんでしたが、私たちは愛媛県の発展のためには、県庁と市町村がタッグを組むことが涵養と思い、同志を募りました。県庁は高岡さんが、市町村は私が思いのある人に声をかけ、20人ほどが3ヶ月に1回程度足繁く、松山駅前路地裏の居酒屋四十雀の2階の狭い部屋に集って勉強を重ねました。

 毎回の勉強会には高岡さんと私が、自分の人脈で探し当てた著名な人に卓話を無料で頼み、その話を肴に飲みながら大いに議論しました。日銀の支店長さんや愛大の学長さん、県警の本部長さん等指折り数えれば切りがないほど多彩な顔ぶれの話を聞き、自分のスキルアップに大いに役に立ちました。例会の回数こそ減ったし、あの頃若かったメンバーも既に多くの人がリタイアし、また現職の人はそれぞれの職場で重要な役職について活躍をしているのです。昨日は私の最も古い友人で、伊方町三崎の塩崎さんから2日前電話が入り、「双海町まで午後4時30分に到着するので、そこから一緒に会場まで行こう」と誘いの電話が入りました。

 私は所用で出かけていると、塩崎さんが大きなブリを持って自宅へ来てくれたようで、急いで身支度を整え待ち合わせ場所の地域事務所から、私の車に同乗して松山まで向いました。道すがら色々な日常会話を交わすのも楽しいものです。塩崎さんは退職後果樹園を1町6反まで増やし農業にいそしんでいるようです。
 昨日は同志13人が集まりました。現職は4人ほどですが、飲むほどに酔うほどに人生の機微に話が及び、沢山の裏話を聞くことができました。年齢的には私が一番上なので、このまま歳を重ねると、夢工房を一番先にリタイアするのは私かも知れませんが、しっかりと体とスキルを鍛え、お荷物にならぬようにしたいと思いました。集まったメンバーを見ながら「私もまだまだ」と確信を得た四十雀での一夜でした。

  「夢工房 名前の通り 生きてきた これから先も 夢を育む」

  「年齢は 一番上の はずなのに スキルまだまだ 皆には負けぬ」

  「私には まだまだやること 多過ぎて 今日も明日も 4,5年先も」

  「夢がある 夢をつないで 夢工房 夢ドリームでなく ターゲットです」

 追伸、高岡さんが私の最近の新聞記事や舞たうんの執筆記事をコピーして持参し、集まった皆さんに紹介してくれました。山本さんが石鎚に作った公衆トイレの話をしてくれました。佐川さんが今年6月に本を出すそうです。鶴井さんが心筋梗塞で倒れ心臓が止まったけれど、再生会病院へ救急車で運ばれカテーテル手術の結果蘇生し、目出度く生き返ったそうです。みんなそれぞれ目出度し目出度しでした。

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