shin-1さんの日記

子どもが高校を卒業してもうPTA活動には縁もゆかりもないものと思いきや、学校評議員の末席に名を連ねるようになって、小学校、中学校、高校と今年は4つもの運動会に顔を出す羽目になってしまいました。最初に行った地元上灘中学校では少子化の影響をもろに受けた生徒の少ない運動会をみんなの力で盛り上げようとする力に感動したり、二度目に行った由並小学校では障害を持った子どもの健気に頑張る姿に深い感動を覚えたり、また31人のこれまた小さい翠小学校を地域ぐるみで盛りたてている姿にこれまた深い感動を覚えました。そして今日は松山工業高校というこれまた県内でも大きな1049名の運動会を目の当たりにして、これまたすごい迫力に度肝を抜かれてしまいました。

 今日は生協の定例理事会が開催されたため、午前中はそちらに出席して会議を終え、その足で松山工業高校へ直行しました。あらかじめ学校評議員として運動会に出席予定を知らせていたため、正門前ですんなり中の駐車場へ案内いただき恐縮しました。来年この学校は創立100周年を迎えるため、その実行委員会の顧問としてメンバーに加わっているため、近頃再三再四学校を訪れているため、学校側も馴れた対応をしてくれるのです。校長室横の応接会議室で昼食を予定していただいていましたが、昼は生協の試食会があって残念ながら食べることができませんでした。

 昼休みが終わりいよい運動会の競技が開始されました。私は案内されるままに来賓席の最前列にPTA会長さん、同窓会長さんとともに座らせてもらい観戦しました。横には交流を続けている愛媛大学付属養護学校の生徒さんが沢山陣取り、不自由なkらだながら賑やかな応援をしていました。

 感動したのはその生徒さんたちによる応援合戦です。それまで続いた午前中5組の応援は見ていませんが、午後4組の応援パフォーマンスは相当熟練されて見る者を圧倒していましたが、養護学校の生徒たちの遜色ない応援パフォーマンスに会場割れんばかりの拍手が送られました。そしてその返礼に全校生徒がウエーブでお返しする姿はまさに感動モノで、いい交流風景を見せてもらいました。普通の高校と養護高校が交流することはよくある風景ですが、健常者が障害者に暖かい心を配るのはよくある話です。でもお互いが持てる力を認め合い、その力を存分に発揮する姿は中々のものでした。

 運動会の閉会式が多少遅れたため学校評議員会も多少遅れて始まりました。今日は第一回目の評議員会ということだし、加えて運動会の後の時間を利用したため、担当の先生たちから説明を受けることはありませんでしたが、数値目標の実現に向けて学校が努力している結果を存分に聞くことができました。このところ毎年学校評議員の末席を汚しているため、学校の目指す方向やマニフェスト、数値目標についてはよく努力していると思いました。

 来年度はこの学校もいよいよ創立10周年を迎えます。いささかなりとも学校に縁のある人間である私にとっても、また息子三人の母校でもるので、これからも発展して欲しいと願っています。

  「学校を 巡り巡りて 四校目 運動会も それぞれ味が」

  「千人も 生徒が動く 運動会 馬路村ほど 人がいるのだ」

  「沖縄に 旅する友は 馬路村 不思議なご縁 携帯入る」

  「応援の 返礼ウエーブ 目頭が ふと熱くなる いいねいいねと」

 

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shin-1さんの日記

○牛乳ならぬ朝のブログ一本

 私は毎朝午前4時に起きます。これは45年も前に漁師をしている頃からの習慣が身につき、染みついた結果なので多分これから以降の残された人生も、同じような早起きは続くものと思われるのです。私が早起きなのは親譲りで、今年90歳の卒寿を迎えた親父もまた早起きで、遺伝だと思って受け入れているのです。もっとも早起きの親父は夜寝るのも早く、午後7時には床についているし、昼寝だってちゃんとするのですから明らかに寝過ぎです。そこへ行くと私は就寝時間が12時なので毎日の睡眠時間は4時間程度で、人間の睡眠時間の平均が8時間からすると明らかに寝不足なのです。

 睡眠時間が4時間型で一番困るのは約40年も連れ添った妻とのライフスタイルの違いです。妻は11時に寝て6時起床がパターンです。ということは夫婦同じ布団に寝ている時間は私の4時間だけで、夜1時間、朝方2時間は一人寝という計算になるのです。妻が寝てから1時間、妻が起きる前に2時間という、このかけがえのない3時間を私は読書や早朝ジョギングを楽しんできました。特に40代後半から50代後半までの12年間は毎日早朝清掃というボランティア活動を3時間やったのです。これは凄いことで、私に対する世間の評価は「観光カリスマ百選」認定という思わぬ称号授与となったのです。

 最近は緩の1時間と朝の1時間はパソコンの前に座ってブログを書くことが日課になりました。朝の1時間で1本夜の1時間で1本とまあ筆まめに3年間も書いているのですから、呆れた話です。でも妻と比較すればブログの記事の殆どは妻が寝ている間に書いたという計算になるのですから、凡人ブロガーながら毎日の積み重ねは凄いものを残していることに驚いています。

 目標の1年、3年が過ぎたので、新たな目標である10年を目指してこれからも気負わず書き続けたいと思うこの頃です。さて朝の過ごし方、夜の過ごし方には個人差があるのは、身近な妻と比較しただけでもこれほどの差があるのですから、いわんや他人とは大きな開きがあるのは当然で、よく友人から「若松さん、そんなに寝ないで眠たくないの?」とよく言われますが、本人はいたって平気です。でも一番困るのは妻との時間差ギャップで、今は慣れましたが、私に付き合ってついつい夜更かし、ついつい早起きして寝不足になることもしばしばです。

 今朝起きて家の周りを散歩し、親父の隠居へ行きました。親父は何年か前交通事故に遭った後遺症が今頃になって痛みだし、「足の付け根が痛い」というので、昨日の午後3時ころ下灘の診療所へ連れて行きました。行く途中往診中のお医者さんの車を見つけました。水曜日の午後は往診の日らしく、診療所に行っても診てもらえないところでいたが、偶然の出会いで診察をお願いしたところ、快く診療所に引き返し痛み止めの注射を打ち痛み止めの薬を出してもらいました。いやあ嬉しかったです。多分普通のお医者さんだとこんな粋な計らいはできなかったでしょうが、さすが日頃から診てもらっているお医者さんだと、親子ともども感心感謝でした。

 今朝親父の様子を聞きましたが、薬と注射が効いたらしく昨夜はぐっすり寝れたようでした。

 妻が起きてきました。台所でキャベツを刻むまな板の上の包丁の音が軽やかに聞こえています。「お父さん、ご飯ですよ」と雌犬の遠吠えです。早速ブログを登録し、朝一本の仕事を終えました。

  「今朝もまた ブログ一本 書き綴る 他愛なきこと スラスラスラと」

  「神様の ようだと思う お医者さん 戻って注射 気軽に応じ」

  「寝てる間に 書いてる趣味が 増えて行く 妻はシミ増え 趣味シミ違い」

  「さあ今日も 愛情一本 ブログ書く ファイトで行こう 今日も元気だ」

  

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