○私を桜見学に連れてって
「私をスキーに連れてって」ではありませんが、妻から内子町石畳弓削神社の枝垂れ桜を見に連れていって欲しいとせがまれていましたが、昨日夕方雨が止んだので妻の仕事が終わって帰宅した4時から出かける事にしました。内子は南予、双海は中予ながら、昔石畳は旧下灘村だっただけに山道を縫えば僅か30分足らずで行けるのです。海岸国道378号から串・内子線を走るのですが、夕闇迫る県道沿線には桜がいっぱい咲いて、その度に妻の感嘆の声を聞きながらスピードを緩め、また時々車を止めてしばし呆然桜の美しさに見とれていました。
余りの美しさに奥西の井窪さん宅の下で車を止め、妻をモデルに撮影会です。仕事から帰って親父の夕食の準備をしてから、とるものもとらず出発したものですから、「こんな服装では撮りたくない」と渋る妻を桜の前に立たせて写真を撮りました。私が一目惚れして結婚を決意した一品ですから、服装など問題外で素敵ですが、残念ながらシャッターチャンスが悪くあいにく目をつぶっているようです。
「お父さんそれにしても車に会わないね。この道で大丈夫」と、迫る夕暮れの静けさと人気のなさに少し不安になった妻は心配しきりです。峠を下るとそのうち人家が見え出し、第一村人発見です。「おじさん、弓削神社の桜を見に行きたいのですが」と窓を開けておじさんに聞きました。そうじゃなあ、郵便局の前を左に折れて、右に折れて端を渡り、何ぼもカーブを曲がって行きよったら着きます。桜はもう散っているかも知れん。」と教えてくれました。「有難うございます」といったものの「お父さん、あの説明で分る?」と妻が聞き返しました。峠辺りから曲がりくねった道で車に酔った妻に運転を変わらせていたので、私がカーナビになって左、右と指示をしてどうにか弓削へたどり着いたのは午後5時前でした。弓削神社の前に車を止めると内子町の有線放送から5時のチャイムが鳴っていました。早速屋根つき橋を渡ってお参りです。
後で気がついたのですが、この頃からカメラの反射の具合が変なのです。多分雨のしずくがカメラのレンズに付着して、ストロボが乱反射していたようです。お陰で妻の見事な容姿と桜の風景も多少台無しなったようですが、これもご愛嬌だと思って諦めました。
弓削神社の入口にも少し小ぶりな枝垂れ桜が今を盛りと咲いていました。多分昨夜来の雨で多少は散ったでしょうが、まだまだ満開に近いようでした。先ほどやり過ごして通ったカメラマンが撮影真っ最中の道の上の桜こそよく紹介されている桜に違いないと車をUターンさせて降りて行きました。
「若松さんでしょう?」「はいそうですが?」「私はテレビ局の○○です」「ああそうですか」「あなたのことはよく存じ上げていまして、いつもお世話になっています」などと、矢継ぎ早な会話を尻目に妻はどんどん坂道を登って行きました。沿道には沢山の草花花木が植えられ、今を盛りと咲いていて、まるで桃源郷を思わせる美しさで、妻はひとしきり感心していました。
この桜はエドヒガンザクラの変種で樹高6メートル、目通り3,6メートル、樹齢360年という知る人ぞ知る銘木銘花です。昭和26年頃までは樹高20メートルもあったそうですが、台風で折れたり、枯死寸前になったり、遍歴があったと銘文が書かれていました。それにしても聞きしに勝る見事な容姿です。
妻は「お父さん、私は今日はいい目の正月をさせてもらった。近くにこんな立派なものがありながら、遠いものに憧れているが、もっと足元を見るべきね」と、殊勝な言葉に自分が褒められてような錯覚です。
夕暮れ時の僅かな時間をせかされるようにかけ抜けた石畳の枝垂れ桜でしたが、雨上がりで人もいない独り占めの見学は、中山町永木を通って国道55号線に出て伊予市経由と道を変え、7時半にはわが家へ着きました。
「自慢する だけのことある この桜 それにも増して 沿線綺麗」
「雨上がり しかも夕暮れ 誰も来ず 夫婦だけ見る あでやか桜」
「樹齢聞き 凄いもんだと 感心し 裏から表 全て観察」
「無人市 わらびを四束 買いました 春の舌味 期待しつつも」