○ニュージーランドからのお客様
「ハローシンチャンゲンキデスカ」、流暢な日本語で握手を求めてきたのはニュージーランドに住むクレイグ・ロームさんです。一昨日の夕方役場の武田さんから電話がかかってきました。「クレイグが日本に来るようなのでお会いしませんか」というのです。私の町の海外派遣事業の目的地がニュージーランドとオーストラリアだった最初から、ツアーの引率をしてもらっていた中田広志さんの友人のクレイグに、現地案内と通訳をしてもらっているのです。特に私は11回目の団長として引率していた時以来の知り合いなので、懐かしさも一入なのです。
夕方外出先から帰宅し着替えようとしていた矢先に武田さんに連れられたクレイグがわが家にやって来ました。聞くところによるとクレイグは日本中を旅しているそうで、昨夜大分から八幡浜にフェリーで渡りヒッチハイクで来たのだそうです。普通日本人だとヒッチハイクは金のない若者がやる旅の手段だと思われがちですが、彼はいたって平気でフェリーの中で知り合った運転手さんに乗せてきて来てもらったと、むしろ得意げにそのことを話すのです。玄関先で着替えもすまない私はとりあえずパジャマのズボンをはいただけで対応しましたが、昔と変わりない底抜けな明るさがとても印象的で、話はどんどん弾んでインターネットでメールをやり取りしようという話にまで発展したのです。
今晩から二日間は武田さんのお家でご厄介になるそうですが、妻は日本酒とハウスみかんを手土産に持たせてひとまず帰って行きました。彼は私の人間牧場にも興味があるようだったのですが、残念ながら明くる日は一日中出かけることが決まっていて、武田さんにご案内するよう頼んでおきました。武田さんは息子さんも武田さん自身もクレイグの家に泊めてもらって個人的なお付き合いが深いだけに、わが町の窓口的存在のようです。
彼から手渡されたパンフレットによると、彼はツアーコンダクターとでもいうべきオリジナルツアーの仕事をしています。日本語が話せるニュージーランド人として日本人には馴染みの人なのです。彼の企画するツアーはアットホームな雰囲気で、特にマウントクックツアーや世界一の花の町クライストチャーチ見学は私たちの旅の思い出でも忘れられないものとなっています。多分ニュージーランドの思い出は彼がいなかったらこれほどいいものにはならなかったと感謝するのです。
彼は1954年生まれですから現在52歳のはずです。上の写真を見てください。どう見ても私より年上と思うのですがそれは私の欲目なのでしょうか。ちなみに私は彼より10歳も年上なのです。でも肉体の若さはさすがで安上がりな旅を心がけている私など問題にはならないほどの差なのです。彼に会う度に私の心の有りようを考え、より若くより強く、よりはつらつとしたいと意欲を沸かすのです。
中田さんの紹介でニュージーランドで初めてクレイグに会ってからもう10数年が経ちました。その間彼は度々日本にやって来て風の如く去って行きましたが、何故か妙に気になる外国人なのです。
私には私に影響を与えるような外国人の友人はそんなにいません。クレイグはそういう意味で私に影響を与える数少ない友人の一人です。今度会うときまでにもう少し進化していたいと今回も思いました。
外国との交流が盛んになって外国人とで会う回数も増えてきましたが、日本人は残念ながら外国人に比べ心の開きようがまだ十分でないような気がします。彼のようにスコットランドに生まれ、ニュージーランドに永住の地を求めたフロンティア精神を思うと、島国日本の閉鎖性をしみじみ感じるのです。日本人が日本人としての誇りを捨てつつあることも気がかりです。今や日本人は日本を知らない日本人になりつつあることも事実です。もう少し日本を知ってる日本人になりたいものです。
「クレイグに 久しく会って またショック 進化誓って 握手の別れ」
「この町へ ヒッチハイクで 来たという 偉いもんだね 見習いたいね」
「会う度に 地球がだんだん 狭くなる 彼とネットで 交流するか」
「十年も 前の出来事 思えぬが マウントクックや クライストチャーチ」