shin-1さんの日記

○孫のもりで疲れました

 今日は孫の幼稚園の体験入園とかで、娘の実家であるわが家から、私が孫を幼稚園に連れてゆくことになりました。母親の仕事の都合でどうしてもみんな手が離せないらしく、カーナビに幼稚園の電話番号を打ち込んで指示道理のルートで予定の10時に幼稚園へたどり着きました。孫はこれまで娘が勤める病院の託児所的な保育園で2年間預かってもらっていましたが、年齢が三歳までなので卒園し、新しい市街地にある保育園に移る事になったのです。既に入園も許可され12日から通う事になってるのですが、その準備としての体験入園とかだそうです。入り口の門扉は世相を反映して中からしか開けれないようになっていて、予め連絡しておいたので、11時30分になったら向かいに来て欲しい旨の引継ぎで無罪放免になりました。

 時間が勿体ないので近くにある政策研究センターに新年度のごあいさつ方々立ち寄り時間が来たので迎えに行くと、年配の幼稚園の先生が「何処かでお会いしたですよね」とおっしゃりました。多分市の保育所や幼稚園の先生に講演したことがあるので」と答えたら、あの時の若松さんですか。その節は」と会話が通じました。「僕は00です」なんて自己紹介も出来たので、「しっかりしてますね」と美辞麗句のごあいさつを受け引き取り、午後1時の東京から雑誌社の取材を受けるため一旦わが家へ引き返しました。

 祖rからが大変です。食事は昼休みの妻が作って食べさせましたが、取材の二人が見えてからは孫同伴での取材と相成りました。やはりひとりっ子の寂しさでしょうかおじいちゃんの私にまとわりついて離れようとしないのです。結局はお客の対応で気付かなかったためオシッコを漏らしてしまいました。このところ大も小も漏らすことがなかっただけに、来客に緊張したのかもしれません。

 取材陣が帰った後着せ替えをして、一路松山へ、家を出るとチャイルドシートで夢の世界へと旅立ちました。結局約40分も車内で熟睡です。陽気に誘われて松山上へロープウェーで登り、そこからは二人で手をつなぎ歩いて城山の山頂まで行きましたが、お目当ては歩いたご褒美のソフトクリームで、300円のバニラをさもおいしそうに食べました。桜は満開で大勢の観光客が訪れ、中にはビニールのブルーシートを広げて陽気な花見をやっているグループもありました。早めにオシッコに連れて行きましたが、少し遠目の北の端まで歩いた所で今度はウンチです。慌てて背中におんぶしトイレへ汗だくだくで一目散。事なきを得ました。

オシッコとウンチは孫のもりにはつき物ですが、これには随分骨が折れました。ウンちをしてからははすっきりしたのかすこぶる元気で、「♪海は広いな大きいな♪」を大きな声で歌いながら桜満開の城山の道を手をつないで下山し、車を娘の家の駐車場に止めて孫のリクエストである椿の湯という道後温泉に入浴のため出かけました。温泉にはかなりの人が入浴していましたが孫の年齢の子どもは殆どなく、それから楽しい湯遊びをして約1時間過ごし、やっと孫の家へ入り、娘の帰りを積み木や飛行機遊びをしながら待ちました

 それにしても今日は何て長い一日だったことでしょう。孫もヘトヘトでしょうが、私もヘトヘトです。現金なもので父母が帰ると「おじいちゃん何時帰るの」ですって。でも帰り際握手をして分かれるときは、やはり少し寂しく感じました。また日曜日にやって来るそうです。孫のもりで翻弄されたこの一週間はやっと終わりを告げそうです

  「孫のもり 簡単楽勝 楽しみと 思っていたが ほとほと疲れる」

  「何事も なしに終わった 一週間 役目果たして ほっと一息」

  「満開の 桜バックに はいポーズ 指でサインも 慣れた手つきで」

  「オシッコと ウンチに気配り 城登山 お漏らしせずの 孫と湯船に」

 

[ この記事をシェアする ]

shin-1さんの日記

○shin-1さんも歩けば花に当る

 孫を連れて「くもん」に行きました。驚きました。都会の子どもは三歳になるともう習い事をしているのです。私はそこへ連れてゆくように娘から頼まれただけなので約30分そこへ孫を預けて周辺を散歩しました。道後界隈はあちこちに桜が満開で桜の木に出会う度に足を止め桜の花を見上げては歩きました。松山神社の長い参道を登ると徳川家ゆかりの葵のご紋の入った立派な社がありました。神社の規模としては今まで見たこともないような立派なもので、予期せぬ建築物だったので驚きながら周りを眺めていると、近所の人でしょうか境内に植えているツワブキを獲っていました。誰もいないと思って勝手に取っていて見つかったという感じで隠すように「ツワブキを貰っています」と咎めるように思われた私に言うのです。私も咎めるように「そのツワブキは植えているので獲らないで下さい」と思わず言ってしまいました。二人のおばさんはバツが悪そうにすごすごと下山しました。

 山門あたりには竹の箒がやたらと置いていたので、私は一本を使って無断でそこら辺の落ち葉を集めました。すると登ってきた何人かの人が「ご苦労さんです」と声を掛けて通り過ぎました。風貌から私をてっきり坊さんか寺男に間違ったのだと思いました。

 神社の上から見ると桜のいっぱい咲いてる文教会館の裏あたりが見えました。文教会館も表からだけしか見たことがないので不思議な位置にあると思いつつ歩いてゆくと、立派なお寺にたどり着きました。山門には常信寺と書いてありました。入り口には教育委員会が立てた松山城主松平家ゆかりの寺の来歴が書かれてあり二度びっくりでした。寺の中は歴史の重みというのでしょうか整然とした手入れの行き届いた庭や建物があり、今を盛りと咲く桜の花が一層情緒を引き出させていました。カメラを持った人も数人おり、ここを目当てにきた訳でもない私とは大違いの楽しみ方をしていました。

 目的を持って歩くのもいいですが、私のように無目的な歩きの途中に発見した驚きは言いようのない喜びです。明日は早速カメラを持ってと天候のいいことを祈って先に進みました。歩いたこともない狭い路地を抜け、道後の下り坂に入ると光景は一変します。真昼間だというのに怪しげなネオンが輝いて、入り口には客を呼び込むお兄ちゃんが何人もたむろして行く人に声を掛けていました。昔はトルコ、今はソープランドというそうですが、道後の表と裏を一遍に見たような感じでした。多分観光客は裏通りの文化にはめぐり合うこともなくソープランド街の印象を土産に帰ってゆくに違いありません。悲しいかなです。

 「shin-1さんも歩けば花に当る」の一席でした。

  「知らぬ土地 思いつくまま 歩いたら 凄い発見 目から鱗が」

  「道後には 裏と表の 落差あり 裏を知る人 意外と少なく」

  「桜見る 僅か十日の 命にて 早くしないと 次の年にか」

  「早咲きも 遅咲きもいい 桜花 今が適期と 思えばそれで」

[ この記事をシェアする ]

shin-1さんの日記

○ただいま私は子育て実習

 夕食が終わった頃になると仕事を終えた娘が我が家に帰ってきます。その様子を見ていた隣のおじさんが、「娘さんが帰りよるが何かあったんかい」と朝顔をあわせたときあいさつ代わりに聞くのです。多分このおじさんはわが娘が「離婚でもして帰って来たのでは」と思ったに違いありません。このおじさんの孫も離婚して曾孫を一人連れて帰って来ているのでそう思ったのでしょう。事情を説明しましたが、ふと「そうなったらどうしよう」と一瞬不安が頭をよぎりました。

 夕食が終わるとしばらく遊んだ孫は私と風呂に入ります。こんな風呂では温まらないと思うような温めの湯でないと「熱い熱い」と大騒ぎするので、私が先に入って体を洗い、適当な温度になれば孫を呼んで一緒に入るのです。頭をシャンプーで洗うのも自分の子どもで練習をしているのでなれた手つきでこなします。体を洗って湯船に入れ20の数を2回数えるのですが、15まではすらすら、でもその後がまるで落語のように15、17、19と飛ぶのです。でも「もう一回」といって首までつからせます。

 4・5日前、妻が何処かで貰ってきたのか風呂の化粧台にシャボン玉の容器が置いていました。孫はシャボン玉をしようとせがむのです。石鹸水を容器に溶いて口で加えると大小さまざまなシャボン玉がお風呂の湯気の中に生まれては消えてゆくのです。私は忘れかけていた「シャボン玉」の歌を歌いながら孫のシャボン玉製造にお付き合いです。でも何年ぶりかで童心に帰っておおはしゃぎしました。孫も大喜びで、出る時には「おじいちゃん、また明日もしようね」「うんうん」でした。

 子どもの遊びも随分変わっています。孫は一人っ子で最初の孫ということもあって、おもちゃはおもちゃ箱に入りきれないほどあります。でも遊び方がその既製品のおもちゃを使った一人だけの遊びになって、何かしら変な感じの遊び方なのです。

 新聞の折り込み広告をハサミで切ってお面を作ったり、ままごとの真似をしたりすると、孫の目が生き生きと輝くのです。農協の置き薬屋さんが置いて帰った風船だって飛びきり喜んで遊びます。結局はおもちゃに依存して遊び方を知らないのは大人なのです。

 シャボン玉にしても風船にしても、また折り込み散らしを使った遊びにしても創作の遊びです。家は汚くなるし大人は嫌がります。でもそれを片付けることも子育てなのだと割り切れば、周りには創作の遊びが幾らでもあるようです。そしてそれらに童謡をつけて歌の世界に誘い込めば体も心もバランスよく成長するはずなのです。私は子育て講演会に時々講師として呼ばれます。その時は心理学や子育ての文献などを基に話すことも多いのですが、自分の子育て経験や無人島サバイバル経験などを交えて話します。でも子育ては妻の専権事項でしたし、無人島の生活もどちらかといえば大局的な話に終始していました。ブログに孫のことを書きながらハッと気がつきました。この一週間の孫の面倒が実は貴重な実験だと思えたからです。あと残り少なくなりましたが、積極的に孫から多くのことを学びたいと思っています。

  「ふと思う 孫が私に 教えてる 形勢逆転 子育て実習」

  「折り込みも ハサミ一つで 変身し 金の要らない 遊び道具に」

  「大声で 屋根まで飛んだと 歌歌う 湯気の向こうに シャボン玉三つ」

  「おもちゃ箱 溢れる全て 独り占め 与えて満足 今の親たち」

[ この記事をシェアする ]