shin-1さんの日記

〇久しぶりの「夢工房」

 私はこれまで沢山の団体やグループに所属して、団体やグループに関わる人たちから様々な教えをいただき今日に至っています。一番最初に所属した青年団では①仲間、②主張、③ふるさと、④感動、⑤夢という5つの道具を手に入れ、その後の自分の人生に大きく役立ちました。また青年活動を終えてからは仲間と21世紀えひめニューフロンティアグループを組織して、家庭や職場や地域でできない様々な活動にチャレンジして、無人島に挑む少年のつどいや丸木舟瀬戸内海航海、竪穴式住居造り、ふるさとを空から見る運動、フロンティア塾などなど、楽しくも充実した活動を行ない、その活動は今も続いています。


shin-1さんの日記
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 公民館主事集団「煙仲間」を立ち上げたりもしましたが、つい最近は私の50代の夢であった人間牧場を開設、そこを拠点に年輪塾を開き、パソコンネットで結ばれるという今までにない手法で年輪塾グループで、宮本常一や二宮尊徳等先人の遺徳を深く掘り下げて学習しています。

 そんな私の経歴の中で忘れられないグループがもう一つあります。それは「夢工房」という小さなグループです。県庁職員と市町村職員の交流とレベルアップを目的に、当時役場職員であった私と県庁職員の高岡さんが相談して始めました。当時は二人とも血気盛んで夢も多く、グループの名前「夢工房」もすんなり決まったように思います。その後二人の人脈を中心に輪を広げ今では20人ほどの集団になっていますが、以前はその都度ゲストを招いて卓話を聞き、呑み会セットの楽しい学習会をしていました。

 「夢工房」の拠点はJR駅前の路地裏にある縄暖簾のかかった「四十雀」という小さな居酒屋です。毎回5千円の会費で美味しい料理を食べながら飲み放題というのが自慢で、時には「夢工房」の分派で何度も暖簾をくぐりました。

 市町村と県は私たちが交流するまでは、どちらかというと県が上、市町村が下という風潮がありました。その重圧と垣根をとってくれたのは盟友高岡さんであり、高岡さんに続く「夢工房」の仲間なのです。年齢的には私が一番高く、私が一番先にリタイアして自由人になりました。ところが最近「夢工房」の仲間も次々にリタイアして自由人の数がどんどん増えているのです。来年の春には中山の上田さんも自由人の仲間に加わるようですが、そんな仲間ですからいつの間にか、それぞれにそれぞれのポジションを得て、それなりに活躍しているのです。

 「夢工房」を高岡さんと二人で発足させた20年前とは随分世の中が変わってきました。合併が進み70が20市町となり、5つの地方局も3つに統合され、財政難で人件費は削られ新規事業も中々できないようで、深夜まで盃を傾けて夢を語り合った昔が懐かしく思い出されるのです。

 それでも集まる回数が滅法減った「夢工房」ですが、出会うと夢の扉が開かれるのです。私は常々「夢はドリームではなくターゲットである」といっています。また「夢には賞味期限がない」ともいっていますが、私たちに続く人たちが上司に理解がないとか、金がないとかいう理由をつけて、やらないことをやれないといっていることに警鐘を鳴らしています。いい人と出会っていい夢を見ながらいい夢の実現に向けて語り合う、「夢工房」の必要性をしみじみ思うのです。早速先日の「夢工房」が縁で、高岡さんから新しい出会いの提案がありました。楽しみです。


  「夢工房 名前の如く 夢語る 懐かしきかな わが人生は」

  「二十年 経てば世の中 様変わり 俺は古いが 夢はまだまだ」

  「一つずつ また一つずつ 積み重ね 夢の工房 さらに上積み」

  「金なくば 汗や智恵出せ 言ってきた これから先も 智恵をどんどん」

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