shin-1さんの日記

○破れた座布団

 役場を退職するに当ってそれまで使っていたものは文房具類を除いて殆ど処分しましたが、捨てきれず退職後も使っていたものに、私の尻に敷かれて長年活躍してきた座布団があります。寒かろう、痛かろうと妻が鈎針でせっせと編んでくれたいわば愛情こもった毛糸の座布団です。しかしよる年波には適わなかったのか昨日の朝大きく破れていることに気がつき、妻の了解を得て廃棄処分にすることになりました。妻は「まあ珍しい、まだ使ってたの。私も忘れていました」とのことです。定かな記憶ではありませんがこの座布団の世話になるようになったのはもう13年も前のことでした。

 企画調整室で長年草創期のまちづくりを担当し、その成果を問うため新しい日本で一番小さな地域振興課が誕生し、その初代の課長に就任して役場3階の小さな部屋を与えられた時にこの座布団と出会いました。たった一人の課に同居したのはもう既に胃ガンで亡くなった農協退職の東さんでした。特産品センターの所長に再就職した東さんの指導をしながら、しかもシーサイド公園の建設まで担当する当時の私には、正直言って座布団を温める暇などなかったのですが、この座布団は文句を言うことなくじっと新米課長の帰りを待ち、土日もない超多忙な私のお尻をいつも暖かく守ってくれたのです。

 考えてみればこの座布団はこれまで3度引越しをしました、。最初はたった一人の課が3人になり手狭になって2階に引っ越した時椅子とともに移動しました。次は役場を退職し教育長を拝命した時教育委員会へ一緒に連れて行ったことを思い出しました。教育長は4役といわれる特別職ですから教育長室が与えられ、これまでの課長の椅子とは段違いの白いカバーのかかったフカフカの椅子だったので、座布団は似合わないし必要ないと一瞬思ったのですが、捨てきれずカバーの下に置いて使いました。その後昨年三月末の退職と同時にわが家へ帰り、パソコンを打つため台所の食事用椅子を妻の了解を得て借りてか約10ヶ月、痔にもなることなく大きな役割を果たしてきました。

 何気なく、日の目を見ることもなく私の身体を支え続けてきたオンリーワンの座布団に「ご苦労様」といってやりました。私たちの身の回りにはこの座布団のように人知れず働いているものが随分あります。靴や靴下、ズボンやバンドもその一種でしょうが、そんなささやかな小道具類にももっと愛情を注ぐべきだと、処分される運命の座布団を見て思いました。

 妻がとりあえず押入れの中から適当な座布団を持ってきてくれました。敷いたのですがこれがまだ中々お知りにフィットしません。「おい新入りの座布団よ、お前の先代の昔使ってた座布団はなあ、もっと優しくご主人様のお尻を守ったぞ」と、少し文句を心の底で自問しましたが自答は返ってきませんでした。ナツメロの「古い上着よさようなら」ではありませんが、「古い座布団よさようなら」です。私の一つの時代の終わりでもあるようです。

  「何年も使い古した座布団にお礼を言って処分しました」

  「尻敷かれ俺に似てるよ座布団君敷いてる妻を一瞬思う」

  「昇進の度に移動の座布団もタダの男じゃ役不足かも」

  「退職で賞味期限の切れた俺座布団よりも先に捨てられ」

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