人間牧場

投稿者: | 2012年6月2日

○薪小屋造り(その3・完成)

 昨日の夕方6時前、人間牧場からの帰り道、吉久酒店横の信号を国道から右折した所で、仕事を終えて帰る地域事務所の松本さんにバッタリ会いました。後続の車がいないことをいいことに、こともあろうか交差点で停車して、松本さんの車の横で窓を開け、信号赤で止まったいた松本さんとお互いが言葉を交わしました。
 松本さん「薪小屋ができたようですね」。私「はいお陰様で」とショートな会話をしました。私は一瞬「えっ、何で知ってるの?」と思いましたが、直ぐにその謎は解けました。謎などといういうおこがましいものではありませんが、松本さんは殆んど毎日日常生活を書いている、私のブログを愛読してくれているのです。薪小屋の話は造るきっかけから作っている所、完成間近な様子までご丁寧に、デジカメで撮影した写真とともに掲載しているのですから、知っていて当然だと納得しました。

完成した薪小屋

 昨日は少しだけ不足していたエスロン波型屋根材を、前日コープえひめの理事会に出席した帰り、西村ジョイで買って帰っていたので、後少しの作業をしに弁当持参で人間牧場へ出かけました。たった一日なのに前日は5月、昨日は6月です。6月はやはり夏です。薄曇りながら時折夏の日差しが照りつけ、3年間被っている麦藁帽子も何のその、汗ばむどころか大汗をかき、早くも出没している薮蚊に悩まされながらの作業となりました。11時までに屋根材を張り終わり、出来上がった小屋の縦横のたてりを補正して、ひとまず薪小屋はお粗末ながら完成しました。完成で気が緩んだのか正午を知らせる屋外ミュージックサイレンを聞きながら少し早い食事を終えると、少し眠気を催したため久しぶりに背もたれ椅子を木陰に持ち出し、オーシャンビューを楽しみながら贅沢な午睡を楽しみました。木陰は玄関戸と窓を全開していることもあって、心地よい風が吹き抜けて、見繕って本棚から取り出した一冊の本も2~3ページ読んだだけで、浅い眠りについてしまいました。

薪面を揃えて積んだ古い薪と新しい薪

 ズボンのポケットの携帯電話の音で目が覚めました。講演依頼の電話でした。最近は自分のスケジュールを管理している卓上カレンダーも持参しているので、難なく講演を受諾しました。
 昼からは出来上がった薪小屋へ薪を移動する作業です。倉庫の北東側に積み上げていた薪をキャリーに入れて運び積み上げるのですが、薪小屋が石垣の上にあるためこれが結構きつい作業で大汗です。折角造った新しい薪小屋なので、美的にしようと薪面を合わせて前と後二段に積み上げて行くのですが、薪の性格上長かったり短かったりいびつだったりして、散々苦労しました。古い薪はクヌギです。その上に子ども体験塾で先日子どもたちが割った、杉の間伐材利用の薪を積み上げるのに2時間以上もかかってしまいました。一人の作業量はやはり一人前どころか半人前で、作業ははかどりませんでした。それでも綺麗に積み終えた充実感はありました。まだ割っていない丸太も収納し、そこら辺を掃除してゴミを焚き火で焼却たり、石垣下の草を刈ったりしたところで5時になりました。

 人間牧場にまた小さいながらも手作り薪小屋という伝説が生まれました。妻が「お父さんは小屋という言葉が好きね」と言われました。そういえばかまど小屋から始まって作業小屋、ピザ釜小屋、今回の薪小屋と小屋のついた名前の施設がいっぱいあるのです。ツリーハウスもロケ風呂も独立した小屋なので、まるで住宅展示場のように思いの詰まった小屋が次々誕生しています。「余り施設を増やすと管理する自分が困るよ」と、妻から忠告を受けていますが、その言葉は既に実感しているのです。
 薪小屋は施設の中では目立たないバックヤードのようなものです。「バックヤードを見ればその人の性格が分かる」とある人から教わり、私のある意味バックヤードだったシーサイド公園の、人工砂浜清掃を思いついたことを考えれば、薪小屋の存在は大きな意味があるのです。さあこの薪をかまどやピザ釜、ストーブを使って増やしたり減したりしながら、充実した活動をしたいと思っています。何はともあれ薪小屋は短時間ながらこれで嬉しい完成です。

  「念願の 薪小屋不器用 一人にて ついに完成 少し満足」

  「蚊に刺され 一人黙々 薪を積む 古い薪上 新しい薪」

  「薪小屋は バックヤードの 一つにて 綺麗身上 注意おさおさ」

  「汚いと 思った所 綺麗なる 清々しくも 作業を終える」