shin-1さんの日記

投稿者: | 2009年8月8日

○長生きの親父とともに暮らす

 あと1カ月もすれば92歳になる親父はまあまあ元気で、今朝も私と同じ午前4時に起床して、朝の散歩や食事を終え、朝の涼しいうちに草削りをしようと、家の横の畑に出ています。今年は梅雨が遅く明けた分雨が適当に降って水やり作業はまだないのですが、草の勢いが強くてそのことが親父を悩ませているようです。草削り用の鍬で畑や道の草を丹念に削っていく作業は容易なことではなく、年寄りがアリのようにする作業にはほとほと感心するばかりです。綺麗に引いたり削った草も1週間もすればまた青々と伸びて、まあ親父と草のいたちごっこは死ぬまで続くことでしょうが、徐々に衰える体力を自分も、そして傍で見ている私も認めながらお互いが日々を暮らしているのです。

 近くに住む親類の親父の兄弟からは、親父の健在ぶりを喜んでくれますし、几帳面で気難しい性格を知っているため、私や妻への同情もしてくれますが、多少の不満はあって100パーセントではないものの、100パーセントに近い満足度の親父であることは断言できるようです。

 私の妻はそんな親父のために毎日夕方には一汁一菜を作って隠居へ運んでいますが、母親が亡くなってから始めたのでもう10年間も続いているのです。その姿を見て頭が下がる思いがするし、感謝をしてもしきれないほど感謝をしていますが、歳をとってくると食べ物の許容範囲が狭くなって、親父の健康のことを心配して料理を運ぶ妻をしり目に、「あれはわしの歯では食べれん」とか言って残すことも度々あるのです。10年間もそんな姿を見ていれば大体の好みはわかるのですが、妻は親父の体を心配して好きなものを中心に献立を組み立てるのでしょうが、カレーはダメ、肉はダメとなると魚と野菜中心の料理になってしまうのです。ましてやできるだけ私たちと同じものを食べてもらいたいので、いくら親子といっても好みも違うのです。したがって時々妻と対立することもありましたが、最近は知れもない半面、残すという反逆をしているようです。

 昨日は妻の仕事が夕方あったため、おかずを作ってくれたのを私が運びました。親父はあいにく来客中で、近所の人が戦後クジラ漁をしたころのことを聞き取り調査に来ていました。まだ陽も高い4時過ぎだったので、親父の食事の時間まで刺身など悪くなってはいけないと冷蔵庫へ入れ、「じいちゃん冷蔵庫へおかずを入れてるよ」と大きな声で伝えました。親父はそのことを「分った」と言ったのでてっきり了解していると思いました。

 ところが6時になって親父の隠居へ行ってみると、自分の作ったキュウリやラッキョウなどを食べながら晩酌をしていました。私が冷蔵庫へ入れた食べ物をすっかり忘れていて、「今日はおかずを持ってこんので」と多少妻への不満の声でした。言い争っても仕方がないので、冷蔵庫から取り出して食卓に出してやりましたが、親子でも中々難しいものです。昨日は新鮮サンマを刺身にしていたので、私はとても美味しく食べましたが、元漁師の親父には何とも不味く感じたのでしょうが、食べずに冷蔵庫へ入れていました。

 まあ一事が万事、年寄りとはこんなもんだと思いつつも、年々耳も遠く目も薄くなって衰える親父を見ながら、人間の一生をしみじみ思い、昨日はなかなか寝付かれませんでした。長寿は寿と書くようにいいことに違いはありませんが、時々漏らす親父の弱音を聞きながら長生きの厳しさを垣間見るのです。


  「歳をとる 周り何かと 気配るが 思うようには 思うことなく」

  「あれ食えぬ 不満の言葉 言わずとも 残すくらいの 態度で示す」

  「嫌だなあ 俺もなるのか あんな風 立秋の風 まだまだ暑く」

  「献身の 妻の料理に 文句つけ 中に入った 私うろちょろ」

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