shin-1さんの日記

○巻き寿司はおふくろの味の記憶

 今日はお節句です。昔は雛あらしといって、前夜母親の作ってくれた豪華?な弁当を持ち、気の合った子どもの仲間たちと野山に繰り出して弁当を広げて食べたものです。私たちが少年時代は戦後間もないこともあってどの家も貧乏で、貧しい暮らしをしていました。日頃は麦ごはんにコンコくらいな食事でも節句は格別で、巻き寿司や羊羹が2段重ねの重箱に風呂敷包みされ、至福の時を過ごしたものでした。

 巻き寿司には漁師町らしくアナゴが焼かれ、ミツバやゴボウ、乾瓢、シイタケと一緒に具財として巻かれていました。海苔も黒海苔と青海苔があったと記憶しています。母は忙しい合間を縫って夜遅くまで巻き寿司を台所で作っていました。またヨーカンは海で採って晒した天草を使って布巾の袋で絞り、型に流し込んで、赤や青の色子で着色して手作りしていました。

 朝4時過ぎには母親が起きて、台所でコトコトとまな板の軽やかな音を立ててそれらの材料を重箱の中に手際良く入れていました。庭先の一つ葉やゆで卵に南天の葉っぱを使って兎の耳に見立てたり、かまぼこも切れ目を入れて鮮やかな飾りを入れて、リンゴだって可愛いウサギに変身していました。

 朝日が昇る頃その作業が終わり母が「出来たよ~」と起こしてくれるのです。勿論5人の子供はみんな一斉に飛び起き、自分お弁当の包みを確かめてから着替えました。

 まあこんな感じで、お節句の思い出が母親への思慕とともに鮮明に蘇ってくるほど、貧乏ながら幸せだったと述懐できる私は幸せです。わが妻も母と同じように嫁いでからこれまで、40年近くも巻き寿司を巻き弁当を作ってきました。昨日も忙しい仕事の合間を縫って巻き寿司を巻いていました。私が今日から二日間家を留守をするため、せめて昨晩食べてもらおうと思ったそうです。また親父も節句の弁当を心待ちにしているのです。

 巻き寿司を巻きながら、最近の若いご家庭では巻き寿司の巻き方さえも知らない人が増えて、近所のお寿司屋さんは注文に追われて、時ならぬ忙しさに嬉しい悲鳴を上げていると聞きました。わが家でも私たち夫婦と親父の3人だけですから、4~5本買えば済むのでしょうが、私はやはり妻の巻いた素朴な味の巻き寿司の味が好きなのです。早速昨晩の食卓には巻きだちの巻き寿司が並べられて彩りを添えていました。

 今朝は私を待ち合わせ場所の松山市駅まで送ってくれるついでに、娘と息子の家へ届けるのだそうで、少し余分に巻いていたようです。

 母から子へ日本の食文化は伝えなければならないはずなのに、今の日本はどこかで伝えることを忘れていることが多いようです。巻き寿司は買えば手間もかからないし美味しいし、お金もかえって安くつくかもしれません。しかし巻き寿司に食材とともに巻かれたおふくろの味は絶対出せないのです。プーンと匂ってくる酢の匂いや、海苔の香りはまさに家庭でしかできない味だと思うのです。

 妻の巻き寿司を巻く姿を見て、私はいい人と巡り合ったと、お世辞ではありませんがついつい嬉しくなります。妻の年代でも巻き寿司を巻かない人がどんどん増えているのです。私は妻の巻き寿司の巻き方を息子嫁に伝授して欲しいと願っています。今は子育てに忙しく、来月には二人目の子どもが誕生する予定なのでそれどころではありませんが、間もなく同居の予定なのでその時には是非と願っています。

 私がそうであったように、子どもも母の手作りの味を覚えています。その覚えた味を自分たちの子どもにおふくろの味として記憶させてほしいと願う私は古い人間なのでしょうか。


  「巻き寿司を 巻いてる姿 母に似て 妻はしっかり 味を受け継ぎ」

  「いい人と 結ばれたなあ 思うのは 巻き寿司作る 姿見た時」

  「巻き寿司の 一つも出来ぬ 人多く この国どこか 可笑しくなって」

  「巻き寿司は 店で買うもの 定着し おふくろの味 袋になった」

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