shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年9月24日

○玄関の大掃除

 わが家は夫婦二人が住むには大き過ぎるほど大きな家です。35年前に一念発起して親父と折半で建てた家ですが、和風建築のどっしりした造りなため、どちらかというと昔風な家で、無駄な空間が多いのです。家の中心となる居間の周りにはぜいたくにも廊下があります。そのため夏涼しく冬は暖かいのですが難点は採光に欠けてて薄暗く、昼でも電気をつけなければなりません。両方いいのは頬かむりといいますが、まあ自分で納得してたてたのでそんなに後悔はしていなく、むしろ無駄な空間の多さが落ち着いた雰囲気を作っているのです。

 家庭菜園にしている部分を含めると660坪の敷地はこれまた広過ぎて、庭木・庭の手入れや片づけはもっぱら90歳になる親父の仕事として位置付けられていますが、おろそろ代替わりしなければならない年齢になると、そのことに思いを巡らせるだけで少し憂鬱になってくるのです。

 わが家の玄関は家の風格を意識してかなり広めにとっています。間口が2軒、奥行きが2軒、つまり4坪、畳を敷き詰めると8畳の広さです。都会の狭い家だったら玄関だけで暮らす人だっているだろうと思うと、なんとも贅沢な玄関なのです。

 今朝妻が仕事に出かける時、「お父さん今日は暇なら少し玄関を片づけてくれない」といって出かけました。「長旅の出張だったので、今日はゆっくり休むように」といった口の下の言葉に戸惑いましたが、今日は資料の整理と青年の船の出欠整理を予定していたので、「気が向いたらするかも」とそっけない返事をしていました。それでも長い間家を留守にしていた後ろめたさもあって、10時ころ一区切りついたので掃除を始めました。

 まず玄関先に置いていた靴箱や久万高原町から買った丸太の応接椅子を外に出しました。重くて一人では大変難儀をしましたが、すべてのものを外に出して窓や玄関戸の埃を落とし大奮闘です。玄関はその家の顔のようなものなので、妻が時々掃除をしていますが奥まった所には手が届いてなく、拭き掃除を何度も繰り返しやっと綺麗いになったのは、妻が食事に帰る12時でした。「まあお父さん綺麗になって」と褒めてくれましたが、食事が終わって再び外に出したものを掃除をして入れるのがこれまた一苦労、結局3時頃までかかり、汗だくヘトヘトになりました。それでも綺麗になった玄関はどこか気持ちがよく、いい事をしたような気分になりました。

 わが家の玄関には2つの書額が掛けてあります。ひとつは「山遊」、山に遊ぶとも読めるし、物見遊山の遊山とも読めます。私の遊び心旺盛さを見て篠崎先生が書いてくれました。二つ目は「何を求める風の中ゆく」という山頭火の句です。役場の同僚であった岩岡さんが書いてくれました。この言葉も私の生き方ぴったりの句なのです。この玄関に妻は毎週一回花を活けてくれます。夏は一週間も花が持たず美観を損ねますが、気温の下がった今頃は一週間しゃんとして美しい玄関を演出しています。

 玄関が奇麗になると心までしゃんとします。今日郵便局の人が来て、「若松さん、玄関の様子がいつもと違うようですが?」と言いました。いつも来る人は大きな丸太の椅子がなくなったことに気がついた様子でした。

  「玄関の 掃除で汗を かきまくる 丸太の椅子を 外へうんとこ」

  「いつも来る 郵便マンは 気がついて 変わったですね 玄関様子」

  「妻活けし 花がひと際 美しく 戸口彩り 気品漂う」

  「ありがとう 帰り来るなり 妻感謝 掃除を褒めて も少しあそこ」 

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