shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年9月5日

○ニコ・ピン・コロの人生設計

 愛媛県で一番大きな街は何といっても県庁所在地の松山市です。その昔は四国の玄関といえば高松で、様々な国の出先機関や四国支店が軒を連ねていました。しかし宇高連絡船が廃止され、瀬戸大橋が架かってから物流の流れががらっと変わり、今や四国最大級の街は松山市となったのです。平成の大合併で北条と中島を加えて人口も51万人となり、いい街、住みたい街の条件を着々と整えつつあるようにも見えるのです。しかし夏になると瀬戸内海に面した少雨適温が災いし、決まったように水不足に見舞われ、多少の弱点をさらけ出しているようです。渇水対策本部という腕章をつけて記者会見に臨む市長さんからは、「水さえあれば」の嘆き節も聞こえそうですが、やはり国を治めるものは水を治める」の例えどおり、渇水に強いまちづくりをしっかりやって欲しいと思うのです。河辺ダム構想も途中で頓挫した苦い経験もあるだけに、市民も節水意識をしっかり持って欲しいと願っています。昨日訪れた場所のトイレにも「節水を呼びかけるステッカーが「これでもか」といわんばかりに貼ってありました。「節水とは水を使わないのではなく、水を無駄にしないのです」というステッカーは的を得ているようにも思えました。

 さてさて松山市は私にとって、いつの間にか空気のような存在の街になっていることに気がつくのです。殆ど毎日無意識のうちに松山をフィールドに活動し、今では松山から双海へ帰っているような錯覚さえするのです。

 そんな松山市の生涯学習振興財団から講演の依頼が舞い込みました。生涯学習講座の二部(一部は5月~7月)つまり二学期が9月から開講するにあたり、そのトップを切っての講演なのです。会場は男女共同参画推進センター、国際交流センター、新玉公民館が同居するコムズでした。会場は立派で、あらかじめ申し込んでいる人たちが三々五々集まって、会場は満席の状態でした。

(講義前の緊張感漂う会場です。使用前)

(休憩中に写真を一枚撮りました。使用中)

 財団から示された私の話すテーマは、私のホームページで紹介している講演内容一覧表から取った「ニコ・ピン・コロの人生設計」でした。このテーマでは県外などで話した経験は何度もありますが、県内ではそれほど多くの実績はありませんが、要は人生の生き方ですから楽しいお話に終始しました。会場には知人友人も多く、さすがにこの歳になるとステージに上がっても上がることなく参加者の顔が見えるほど落ち着いて話せるのですから、われながら大したものです。(笑い)

 講演が終わって友人が私の控え室を訪ねてくれました。「若松さん、久しぶりにお会いし話が聴けて嬉しかったです。あなたの話は何度も聞いていますが、中身が濃くて、しかも新しいねたが沢山詰まっていて、相当進化していますね」とお世辞をいって持ち上げてくれました。ついでに話した二宮金次郎の話しに興味があったらしく、手持ちの大学の一節をコピーしてくれと頼まれ、担当者が一階の事務室へ走りました。

 また帰りのエレベーターを待っていると、帰り支度したおばちゃんたちが何人も集まってきて、楽しいお喋りをしたり、名刺を差し上げたりしました。その折、私の書いている自著本と、二宮金次郎の読んでいる本についての問い合わせがあったので書いておきます。

 二宮金次郎の読んでいる本「大学」には次のような漢字が書かれています。読み方は( )内です。

 一家仁   一國興仁 一家譲 一國興譲 (一家仁なれば 一國仁に興り 一家譲なれば 一國譲に興り)

 一人貧戻 一國作乱 其機如此 (一人たんれいなれば一國乱をなす その機かくの如し)

 意味は「一家のうちが仁の道を行えば、その国じゅうの人々が仁の道を進んで行うようになり、これに反して尊貴の位にある君主が、自分の利益だけをむさぼるならば、その国じゅうの人々は争いを起こすことになる)というのです。味わい深い言葉なので今一度読み返してみて下さい。

  「松山と 言う名の土地で 活動し 今じゃ殆ど ここで暮らして」

  「満席の 松山市民の 集会で 乗せられ話す 私も元気」

  「演題が ニコ・ピン・コロと 面白い 興味津々 寝る人もなく」

  「金次郎 何の本読む 尋ねたら 誰も知らない だから教える」   

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