shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年8月21日

○青年の船班長会の案内状

 昭和51年に第10回総理府派遣青年の船に班長として乗船してから、早いもので34年が経とうとしています。私が30歳の時の出来事です。私は建国二百年のアメリカやメキシコ、ハワイなどを歴訪するこの大きな旅で人生観が変わるほどの体験をし、以後の自分の生き方に大きな影響を与えてくれたのです。もしもあの船に乗らなかったら自分の人生はこれほど充実していなかっただろうと思うのですから、青年の船は私の大恩人なのです。

 青年の船には私と同じように班長と呼ばれる指導者が30人選ばれて乗船し、班員の指導に当りましたが、それぞれ立派な方で私を基準にすれば既にリタイアした人、そろそろリタイアする人など、人生の転機を迎えていることだと思うのですが、下船後も班長会を組織して毎年一回持ち回りで交友を温めているようです。私は下船した時自分に言い聞かせていました。というのも、青年の船に班長として乗船したある先輩から、「班長で乗船したからといって、青年の船の仲間と付き合うことを重視する必要はない。そんな暇があったら、自分のふるさとの若者を育て、ふるさとのためになることをやりなさい。それこそが大事な事後活動である」というのです。同感した私は34年間の間にたった1回しか班長会に出席していないのですから、班長の仲間からは当然ブーイングが起こるのは当たり前なのです。私はそんな信念を持っていましたが、毎年案内状を貰う日時が多忙で行けなかったというのが正直な話です。

 昨年の班長会も東京で外国とのテレビ会議が重なり出席が叶いませんでしたが、どうも昨年の班長会で、「次回は愛媛県松山で開催し不義理をし続けている若松に担当させよう。そうすれば嫌でも若松は参加する」と欠席裁判に合い、私に前回の責任者本田さんからその旨電話が架かってきたのです。

 あの時の青年の船には愛媛県出身で今は横浜に住んでいる八幡浜出身の林富佐子班長さんがいます。彼女と二人で今回の班長会はやらねばと、相談しながら準備を進め、第一回目の予備連絡に続いて一昨日正式な案内状を全国に向けて発送しました。もとより、自分の時だけは来て欲しいなんて虫のよい話は全然考えていません。また日頃不義理をしているためそれ程の参加期待もできないものですから、まあ誠心誠意粛々と受け入れ準備をしたいと思っています。先日林さんから電話が架かってきました。お盆の帰省で実家に帰っているとのことでしたが、私は残念ながら広島と岡山へ出張中で、出会うことが出来ませんでした。心配して電話をかけてくれた事に感謝しながら案内状を出しました。

 最近はハガキや封筒の印刷もパソコンで出来るような便利な世の中になっていますが、私はそれ程能力が高いわけでもなく、四苦八苦しながら本田さんからいただいた班長さんの住所氏名を打ち込み、案内文と返信用ハガキを作成しました。文房具屋さんに行って四角い封筒を買い求め住所氏名をプリントして発送する作業は一人でするため結構時間がかかりましたが、やっと発送にこぎつけました。後は締切日を待って対応すればいいのです。気になっていた作業だけに無事終ってホッと一息といったところです。

 今日早くも嬉しい出席通知第一号返信用ハガキが舞い戻ってきました。広島県の松永さんからです。



shin-1さんの日記」への1件のフィードバック

  1. アステカの太陽こと、本田直

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    何かと準備が大変でしょうが、何卒よろしくお願いします。
    翌日の、オプションも楽しみにしております。

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