shin-1さんの日記

○エイズを考えるイベント

 今日はことの他暑い一日でした。というのもこの炎天下の、しかも暑い最中の13時から15時まで、さらにその場所がふたみシーサイド公園というのですから、押して図るべきまるで地獄のようなイベントをやりました。というのも約1ヶ月余り前にララナカヤさんとお笑い人気芸人友近さんのお母さんの二人が私を訪ねて双海町へ来られました。聞けばエイズを考えるイベントをシーサイド公園でやりたいというのです。8月3日は夏祭りのイベントが入っているため、次の日曜日だったらと日程調整に入りましたが、夏休みの毎週日曜日は夕やけステーションというディスクジョッキー風の企画が入っていて中々難しいというのです。所長さんや関係者と相談の結果この日を譲ってもらう事になり、トントン拍子ではないにしてもスポンサーの目鼻もついて、具体的なプログラムになりました。フラフープ体操あり、講演あり、コンサートありと中々多彩な内容でした。打ち合わせの途中でララナカヤさんから、「若松さんも是非落伍をやって下さい」と勧められましたが、シーサイド公園の真夏の状況を知り尽くしている私はその気にならず一応お断りをしましたが、強い勧めもあってシブシブ何とかなるだろうと軽い気持ちで引き受けてしまったのです。

(友近さんの司会で始まったイベントの最初はフラフープでした)

 プログラムや出演者が決まって驚きました。皆さんそうそうたるメンバーなのです。どう見ても私が一番見劣りするのです。再考を促しましたが聞き入れられず今日を迎えてしまいました。まあいいかと軽い気持ちで思いつつ今朝早く人間牧場へ捲りと小道具を取りに行き、清水さんに作ってもらった出囃子と入り囃子のCDを持って会場へ11時頃に駐車場もないだろうと予想し単車で出かけて行きました。

(恋人岬で始めて野外ライブ形式の落伍をやる私)

 えひめ地域政策研究センターの松本さんが来ていて、少しお手伝いをしてもらうよう頼みいよいよぶっつけ本番の落伍が始まりました。恋人岬の突端の踊り場に持参の座布団を敷き、松本さんの拍子木の呼び込みでスタートしました。出囃子も快調でした。聞き入る観客は50メートルも向こうの木陰やテントです。雄郡公民館の館長さんがわざわざ差し入れのお酒まで持って来てくれました。また県庁の顔見知りの方々はサイクリングの途中に立ち寄ったそうで、近くのテントの中で聞いてくれました。何せ観客が遠いことと暑いことで汗が目いっぱい噴出しました。それでも楽しく話しをさせてもらいました。こうしたイベントのコツは話よりも小道具とばかり赤とんぼの実演を一番目に座っている人をご指名してやりましたが、少しトンチンカンで通じなかったようです。


(鳴り物入りといえば格好いいのですが、鳴り物として角笛を用意し、ホラも吹く、ハーモニカも吹くなどとジョーク交じりにお話をしました)

 私の落伍の期間中ずっと前に座って聞き入ってくれた女性が二人いました。終わって直ぐお礼に伺い、記念写真を撮らせてもらいました。近くで聞いてくれた方からもお世辞でしょうけど、「いいお話だったし、ハーモニカの音色に心が動かされました」と感想を述べていただきました。「ちょっと照れるなあ」です。

(シーサイドに咲いた花のような素敵なお二人でした)

(イベントの期間中エイズキャンペーンの一環として、みんなで色を塗り込んで一つの絵を作る作業がありました。私も黄色い色で花弁の一つを塗りました)

 かくして楽しいイベントは終りました。また一つ私の暮しに新しい伝説が加わりました。今晩は皆さんで打ち上げをやるそうでお誘いを受けましたが、残念かなやぶ用があってどうしても出席できません。私の悪口などを肴に楽しい交流をして下さい。

  「座布団を 敷いて真夏の 炎天下 落伍一席 お笑い話」

  「汗をかき 演じる私 聞く人は 涼しげテント 割に合わぬわ」

  「上手いなあ お世辞の言葉 信じたい 一芸演じ ホッと一息」

  「エイズとは 直接関係 ないものの 一役買って 社会のお役に」 

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shin-1さんの日記

○遠い花火のほろ苦い思い出

 夏になるとあちらこちらで夏祭りと称するイベントが行われています。愛媛県内では合併しても久万高原町のように海を持たない町もありますが、殆どの市や町では合併によって海を有するようになりました。夏といえば海と連想するように、私たちの町でも海沿いは海水浴の人たちで連日賑わっているようですが、やはり夏祭りとなると想像を超える人たちでごった返すのです。そのピークは7月20日(日)、27日(日)、8月3日(日)、10日(日)、17日(日)のようですが、合併しても旧市町村の夏祭りイベントは旧態依然として行われていて、どうやら8月3日と10日がピークのようです。

 夏祭りといえば何といってもそのメインは花火ですが、行政の財政的台所事情が悪いため、花火はもっぱら寄付に頼っていて、その寄付も最近景気が思わしくなく集まりにくいという話を聞きました。私もかつては観光協会の事務局長として花火の運営に深く関わり、寄付を集めた当事者であるだけに、人毎とは思えないのです。

 昨日孫とある店に立ち寄ったら、記念にと花火のセットをいただきました。私たちが子どもの頃、花火は高価なもので小遣い銭で買うことは中々出来ませんでした。雑貨屋の店先で線香花火や小さな花火を買うのがやっとだったようでした。最近は100円ショップやスーパーなどに行くと、子どものおもちゃコーナーにはセットにした様々な花火が安く買い求めることが出来るのです。昨日孫が貰った花火もそんなものでしたが、孫にとっては飛び切り上等なプレゼントに思ったらしく、夜になるのが楽しみで、寝る前にそのことを思い出して花火をしようと強請るのです。仏壇からローソクを一本取り出し、暗くなった庭の隅に立てました。暗闇に小さなローソクの光が明るく照らし幻想的な雰囲気です。花火の燃えカスを入れるブリキのバケツを用意してさあ花火の開始です。

 わが家には昨年の夏やり残した花火もあって、湿気ているかも知れないと思いつつ、貰った花火を後回しにして、古いのから始めましたが、火の点きは少々悪いものの十分使えるようでした。孫も早5歳です。昨年までは恐る恐るでしたが、今はすっかり大胆になって、危ないと注意をしても花火をぐるぐる回したりして大はしゃぎのようでした。青白くも強烈な光と煙が出る花火の魅力は幾つになってもいいもので、私も妻も帰省中の三男も童心に帰ったような心境ででした。

 しかし庭先でやるこの程度の花火ならば何ら問題ではないのですが、住宅事情の悪い現代では、マンションなどでの花火が禁じられているため、ついつい公園などでの花火となって様々なトラブルの原因となるのです。

 花火のトラブルと聞いて思い出すのはシーサイド公園が出来た当初のころのトラブルです。ある晩わが家へ近所の人から電話で苦情が寄せられました。花火で寝れないというのです。行って見ると深夜にもかかわらず数人の若者が花火に講じていました。私はその若者たちにことの仔細を説明し、自分たちの楽しみのために人の安眠を妨害してはならないと諭したのです。若者たちにとって公園で花火をすることは、人への迷惑など何の疑いも持っていないもです。このトラブルは一年間後を立たず私と近所の人の不信感は益々募りました。結果的には深夜のパトロールをガードマンを雇って強化して収まりましたが、難儀な解決への努力でした。

 県内海水浴場のあちこちではこうしたトラブルが後を絶たず、その都度行政と住民の対立へと発展するケースがあって、今も夏になるとそのことで悩んでいる地域は多いようです。

 「おじいちゃん明日も花火をしよう」と孫と約束しましたが、孫たちは今晩は家へ帰って行きます。次に来た時も隣近所に迷惑をかけない程度の花火を楽しませてやりたいと思いました。

  


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