shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年1月18日

○久しぶりにしまなみ海道を渡る

 四国には贅沢に鳴門~明石ルート、坂出~岡山ルート、今治~尾道ルートと3本もの橋がかかっています。いずれもそれなりの期待を込めてかけられた20世紀の国家的大型プロジェクトでしたが、残念ながら橋の効果はブームで終り、経済発展までには波及していないようです。

 それでも私たち四国に住み、本州と行き来をする私のような人間にとって三つの橋はこの上ない便利さで、その目的や用途に合わせて使い分けています。例えば東京行きの深夜バスは鳴門~明石ルート、京阪神へは鉄道併用橋の坂出~岡山ルートを通って新幹線接続、中国地方へは歩道共用の今治~尾道ルートを使っていますが、自分が車を運転して圧倒的に多いのはやはり坂出~岡山ルートが多いようです。

 昨日は尾道市と合併した因島大浜公民館の招きだったので、しまなみ海道を通って講演会に出かけました。このルートを渡る度にいつも思うのですが、芸予諸島を縫うように走るこのルートの景観は素晴らしく、全国の仲間に見せてあげたいような気持ちになります。まず最初に渡るのは今治来島海峡大橋です。この橋は世界でも類を見ない三連吊橋でその優雅さはどの橋にもないような見事なものです。残念ながら自分で運転して車で走るとそうそうわき見運転も出来ないので景色を楽しむことは出来ませんが、それでも右や左や橋下を行き交う船等が長閑な瀬戸内の景観を醸しています。

(三連吊橋の来島海峡大橋)

(大島大橋)
(大三島大橋)
(愛媛県と広島県を結ぶ多々羅大橋)
(平山郁夫画伯書の多々羅大橋標柱があるサービスエリアからの遠望)

 しまなみ海道には合わせて10の橋がかかっています。大島大橋は宮窪と伯方、大三島大橋は伯方と大三島をそれぞれ結んで、上浦と瀬戸田にかかった多々羅大橋が愛媛県と広島県を結んでいます。トイレ休憩のため瀬戸田のサービスエリアへ立ち寄りました。ここも季節柄閑散としていて、駐車している車は3台ほどで、店の中に入ってみたものの、客は一人もいませんでした。何年か前の開通に沸いた頃、ここへ車を止めて婦人会のおばちゃんたちと多々羅大橋を歩いて渡った記憶が蘇えってきました。あの頃はみんな若かったし、この界隈も活気に満ち溢れていました。しかし通行料金の高さなどもあって、最近はめっきり人も減り、どうすれば沿線の活性化が図れるか会議を続けていますが妙案はないようです。

 カーラジオが北海道の旭川では氷点下30度を越え、今年一番の冷え込みだと報じていましたが、サービスエリアでも風があって底冷えがするので、早々に車へ戻り出発しました。車は瀬戸田と因島にかかる因島大橋を渡って、因島南のインターチェンジを下りました。夜の集会ながら不案内な土地柄もあって、早めに出発したため、全ての橋の全容を見ることが出来てラッキーでした。それにしてもしまなみ海道の橋は素晴らしいの一言です。

(因島大橋)

 橋を渡りながら橋沿いに暮す人たちのことを思い出しました。今治には河上、日浅、湯山さんなどフロンティアグループのメンバーである私の友人が沢山住んでいます。またわが息子も今治の警察署に勤務しています。吉海に住む矢野さんは合併して今治市役所に勤務、今年の3月で退職すると年賀葉書に書いていました。伯方の赤瀬さん、宮窪の村上さん、大三島の藤原さん、上浦の後藤さん、瀬戸田の金本さんなど、数えれば切りがないほどの人々に出会っています。それぞれ合併という訳の分らぬ時代の流れに翻弄されながらも必死で生きているようです。暇が出来たら島伝いに出会いの旅でもと思っていますが、いつになることやら・・・・。

  「橋渡る 度に顔々 思い出す 懐かしき日々 昨日のように」

  「便利だな 金は高いが 尾道へ 日帰り旅の 出来る幸せ」

  「寒さゆえ 島沿い故に 人もなく 手持ち無沙汰の 店員こっくり」

  「あの船は 何処へ行くのか 橋の下 白波けたて 西に東に」