shin-1さんの日記

○地域活性化講演会

 あらかじめ電話で聞いていた会場となる公民館の電話番号をカーナビに入力し、確実に行くことが出来ると確信したので、少し寄り道をして水軍城に立ち寄りました。何年か前妻と来た時はあいにく休館日だったため中を見ることが出来なかったのですが、この日もまた運悪く休館日で、運の悪さを雌時と嘆きました。夕闇迫る午後5時前のことゆえ人の気配は全くなく、一人で天守閣のある頂上までの急な坂道を登って行きました。

 入り口には村上水軍の旗印を示す絵文字が庭木で表現していました。

 そこここに村上水軍の旗印が色鮮やかに立ててられて、何処かから水軍の雄たけびが聞こえてきそうな雰囲気です。

 天守閣まではそんなに険しくもなく階段を上がる毎に周りの眺望が開けて絶景の地にありました。

 城山の頂上付近から横道が続き、お寺の裏にある村上一族のお墓へと通じていました。

 墓地は水軍の武将らしく格式の高い五輪の塔が幾つもあって、歴史の重さを感じました。



 金蓮寺は村上水軍ゆかりの寺で、山門の入口にはめずらし石仏の阿吽像が立っていました。

 目指す大浜公民館は目の前に向島にかかる大橋が見える絶好な場所にありました。公民館の施設は立派で、みかんの形をした丸いドームのような屋根が目印と伺っていたので、迷うことなく少し早めでしたが明るいうちに到着しました。館長の酒井先生と職員の楢原さんが優しいい笑顔で迎えてくれました。聞けば酒井さんも楢原さんのご主人も私と同級生だそうで、楢原さんのご主人は退職後釣りや畑仕事三昧の暮らしをしているそうで羨ましくも、同じ世代の話に花を咲かせました。

 この日は今年一番の冷え込みにもかかわらず和室には沢山の人が集まって、時間通りに集まって時間通りに始まった和気藹々の姿に、大浜地区の文化度の高さを感じました。2月3日の節分の日には伝統行事の神明際という伝統行事も予定されているそうで、この地域ならしっかり生きていけると確信がもてました。

 私の話は夜分のことでもあり、ましてや疲れた体を押して集まって来ているのですから、四方山話のような楽しいい話にしようと心がけて1時間30分程お話させてもらいました。この地域は70歳以上が33パーセントを占める限界集落に近い感じの地域ですから、これからの生き方は助け合いと自分を見失しなうことなく生きることが大切だと強調しました。

 いい集会に参加するとほのぼのとした気持ちになります。8時40分に終わり、楢原さんから「お茶でも」と誘いを受けましたが、「今日中に帰りたいので」とすまなく断り、元来た道と橋を渡って帰って来ました。夜道といいながらそれでも自宅に帰ったのは11時を過ぎていました。

  「水軍の つわものどもが 夢の跡 訪ねて騒ぐ 同じ海人」

  「同年の 人と話せば 何となく ホッとするやら 嬉しいやらで」

  「お土産に 八朔一箱 いただいて もと来た道を ほのぼの帰る」

  「いいですね 田舎の集まり 笑い声 ここにも贈る オンリーワンを」




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shin-1さんの日記

○久しぶりにしまなみ海道を渡る

 四国には贅沢に鳴門~明石ルート、坂出~岡山ルート、今治~尾道ルートと3本もの橋がかかっています。いずれもそれなりの期待を込めてかけられた20世紀の国家的大型プロジェクトでしたが、残念ながら橋の効果はブームで終り、経済発展までには波及していないようです。

 それでも私たち四国に住み、本州と行き来をする私のような人間にとって三つの橋はこの上ない便利さで、その目的や用途に合わせて使い分けています。例えば東京行きの深夜バスは鳴門~明石ルート、京阪神へは鉄道併用橋の坂出~岡山ルートを通って新幹線接続、中国地方へは歩道共用の今治~尾道ルートを使っていますが、自分が車を運転して圧倒的に多いのはやはり坂出~岡山ルートが多いようです。

 昨日は尾道市と合併した因島大浜公民館の招きだったので、しまなみ海道を通って講演会に出かけました。このルートを渡る度にいつも思うのですが、芸予諸島を縫うように走るこのルートの景観は素晴らしく、全国の仲間に見せてあげたいような気持ちになります。まず最初に渡るのは今治来島海峡大橋です。この橋は世界でも類を見ない三連吊橋でその優雅さはどの橋にもないような見事なものです。残念ながら自分で運転して車で走るとそうそうわき見運転も出来ないので景色を楽しむことは出来ませんが、それでも右や左や橋下を行き交う船等が長閑な瀬戸内の景観を醸しています。

(三連吊橋の来島海峡大橋)

(大島大橋)
(大三島大橋)
(愛媛県と広島県を結ぶ多々羅大橋)
(平山郁夫画伯書の多々羅大橋標柱があるサービスエリアからの遠望)

 しまなみ海道には合わせて10の橋がかかっています。大島大橋は宮窪と伯方、大三島大橋は伯方と大三島をそれぞれ結んで、上浦と瀬戸田にかかった多々羅大橋が愛媛県と広島県を結んでいます。トイレ休憩のため瀬戸田のサービスエリアへ立ち寄りました。ここも季節柄閑散としていて、駐車している車は3台ほどで、店の中に入ってみたものの、客は一人もいませんでした。何年か前の開通に沸いた頃、ここへ車を止めて婦人会のおばちゃんたちと多々羅大橋を歩いて渡った記憶が蘇えってきました。あの頃はみんな若かったし、この界隈も活気に満ち溢れていました。しかし通行料金の高さなどもあって、最近はめっきり人も減り、どうすれば沿線の活性化が図れるか会議を続けていますが妙案はないようです。

 カーラジオが北海道の旭川では氷点下30度を越え、今年一番の冷え込みだと報じていましたが、サービスエリアでも風があって底冷えがするので、早々に車へ戻り出発しました。車は瀬戸田と因島にかかる因島大橋を渡って、因島南のインターチェンジを下りました。夜の集会ながら不案内な土地柄もあって、早めに出発したため、全ての橋の全容を見ることが出来てラッキーでした。それにしてもしまなみ海道の橋は素晴らしいの一言です。

(因島大橋)

 橋を渡りながら橋沿いに暮す人たちのことを思い出しました。今治には河上、日浅、湯山さんなどフロンティアグループのメンバーである私の友人が沢山住んでいます。またわが息子も今治の警察署に勤務しています。吉海に住む矢野さんは合併して今治市役所に勤務、今年の3月で退職すると年賀葉書に書いていました。伯方の赤瀬さん、宮窪の村上さん、大三島の藤原さん、上浦の後藤さん、瀬戸田の金本さんなど、数えれば切りがないほどの人々に出会っています。それぞれ合併という訳の分らぬ時代の流れに翻弄されながらも必死で生きているようです。暇が出来たら島伝いに出会いの旅でもと思っていますが、いつになることやら・・・・。

  「橋渡る 度に顔々 思い出す 懐かしき日々 昨日のように」

  「便利だな 金は高いが 尾道へ 日帰り旅の 出来る幸せ」

  「寒さゆえ 島沿い故に 人もなく 手持ち無沙汰の 店員こっくり」

  「あの船は 何処へ行くのか 橋の下 白波けたて 西に東に」



 

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