shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年1月17日

○お飾りはやし

 日本の各地から新年を祝う行事の話題が消え、平静を取り戻してきましたが、わが家では1月15日、正月を締めくくる行事として「お飾りはやし」という行事をやりました。行事といっても仕事で外出している妻を除き、親父と二人だけでする簡単なもので、年末に私が作って家の神仏に供えてあった全ての正月飾りを集めて畑の隅で焼くのです。他地域ではどんど焼きなどと呼ばれているようです。漁村に育った私が子どもの頃は海岸の砂浜、しかも波打ち際にお飾りを持ち寄りその行事をしたものですが、焚き火禁止令?などもあって近頃はそんな風習も何処かへ消えてなくなってしまったようです。それでも90歳の親父のいる家庭では必ずこうした行事を長男がやらないといけない風習となって遺されています。

 神様棚に飾った海老型のお飾りだけは一年中飾っておくためその一つだけ残し、全てをうず高く積んで火をつけました。風もなく穏やかな天気だったため藁と裏白、それに竹ばかりなので火の回りが速く、あっという間に燃えてしまいました。親父は玄関に飾っていた青竹を割って鏡餅を挟み、火で焙っていました。この煙や火の粉を被り鏡餅を食べると無病息災になると信じている親父は程よく焼けた餅を私と分け合って食べました。これで親父も私も健康に暮らせると自分に言い聞かせながら食べました。

 残り火を見ながら親父から面白い話を聞きました。しめ飾りの縄綯いの時7本、5本、3本と奇数で綯いこみますが、数が多過ぎるので1本、5本、3本とするのは7・5・3のことで「しめ」と呼ぶのだそうです。7・5・3で綯ったしめ飾りは火の中で焼かれて燃え尽きてたとえ灰になっても縄のままで残るというのです。そういえば全てが燃えた燃え殻は縄のままでした。これを夫婦になぞらえ、「たとえ死んでも夫婦二人は一緒」だと教えてくれました。母が逝って既に8年が経過しましたが、親父の言葉には何処となく、先に逝った母への思慕があるようで少ししんみりした話になりました。それでも昔の人の有り難い言葉として長男に伝えたいと思っています。

 神棚に供えていたカブスや小みかん、干し柿などは「お下がり」と称して少しずつ分け合って食べます。鏡餅の大きい方は勿体ないと思い、既に5日前に鏡割りを済ませ他の餅とともに寒の水に漬けられ、朝な夕な焼き餅や雑煮、水炊きなどにして美味しく食べています。

 わが家の伝統行事は親父が長寿のため、親父の意見を尊重しかろうじて長男である私に受け継がれています。しかし聞くところによるとそんな一見煩わしい伝統行事は若い人には受け入れられ難く、他の家庭では次第に姿を消しているようです。わが家でさえも「昔はこんなことをしていた」と懐かしくなるような行事がいっぱいあるのですが、記録にさえも留めていないのです。こうした「田舎らしい民俗学の掘り起こし」をしようと、心に決めた2年半前の自分への約束も、まだまだ意思半ばで先へ進んでいません。僅かにこうしてブログに書くことや写真に残すことくらいしか今のところ余裕がないのが実情です。でも少し軸足をそうしたことに移して今年は書いてみようと思っています。

 今年の正月は長男夫婦家族が長逗留したお陰で、少しだけ長男へわが家のしきたりを伝授することができました。これからも少しずつ伝え遺してゆきたいものです。

  「年老いた 親父と二人 お飾りを はやして食べる 餅の固さよ」

  「しめ飾り 灰になっても 壊れずに 二本仲良く 夫婦かくあれ」

  「年寄りが いるから伝統 守られる 年寄りになり 何を遺せる」

  「長閑なり 田舎の朝の 畑にて お飾り火付け 煙まといて」 

 

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