shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年1月2日

○何となく生きている人が多いようです

 私は最近落語ならぬ落伍に凝るようになりました。人の前で話すのが仕事のような私ですが、このままだとこれ以上話が上手くならないのではないかと考えるようになり、思い切って話芸に挑戦する事にしました。「どんな話も聞く人を眠らせたらお終い」と思い、いつも笑いを誘うような話をしている私ですから、これ以上更に上を目指す必要はないと思うのですが、それでも思いをこめて始めました。

 まず話芸のコツを学ぶため、本物の落語や漫才を聞いて、笑いや間の取り方を学ばなければなりません。偶然にも落語がテーマの朝のテレビ小説「ちりとてちん」が始まりましたが、残念ながらその時間にテレビを見ることができず、たまに目にする程度です。それでも落語に興味があると、テレビやラジオではしょっちゅうやっていて、その気になれば見聞きすることができるのです。聞きながらその奥の深さや芸の広さにただただ驚くばかりで、それで飯を食っている人の側には近寄れぬ事を悟りました。でもこれからも勉強のつもりでしっかりと見聞きしたいと思っています。

 次にやろうとしたことは、喋りの訓練です。ブログで何度か書いたように高知県馬路村産魚梁瀬杉の切り株の上で高座を開く事を決意し、座布団を敷いて始めたのです。とりあえず30話をつくり、そのネタ本を500円で販売する事にしました。「それくらいの話に何で500円もの木戸銭を取るのか」と言われそうですが、高座本と話しをコラボレーションさせることでまちづくり寄席としての値打ちを引き出させたのです。お金をいただくと真剣にならざるを得ません。タダだと話す方も聞く方もいい加減な感じになってしまうのです。

 さて、これまで3回高座をやりましたが、話した自分としては今一です。幸いな事に最初の高座となったホームグラウンド人間牧場における観光カリスマ塾での模様は、えひめ地域政策研究センターの清水さんがカメラに納め一枚のDVDにしてプレゼントしてくれました。これを何度も繰り返し見る事によって、話芸の修正ができるのです。話芸が一人前でないので今のところは小道具を使っています。竹で作った赤トンボやハーモニカを木になるカバンにしのばせて持ち歩き、観客を巻き込んだ芸当を披露しています。これは怪我の功名で最初は余り考えていなかったのですが、予想以上に反響が良いので話芸に自信が持てるようになるまで、トンボにもハーモニカにもお手伝いいただきたいと思っています。

 前回の高座で「四つの願望」という小話の希望がありました。私の落伍は創作落伍で面白い笑いだけでは上手く行きません。人間社会のペーソスや都会では知られていない田舎の話題をテーマにしています。「四つの願望」も田舎人の井戸端会議で聞いた話を話題にしています。

 人間には①幸せになりたい、②お金持ちになりたい、③健康で長生きがしたい、④成功したいという四つの願望があるようです。高座から参加した人に聞いてみると人それぞれですが、①②③の願望は強いものの、幸せとは何か、幾ら欲しいのか、何歳まで生きたいのかなどとなるとぼんやりしているようです。そして④については殆ど手が上がらないのです。つまり目標を持たず何となく生きているという感じが強いのです。何らかの目標を持っても必ず成功するとは思いません。しかし何か目標を持って夢中になることこそが生きがいだと思うのです。

 「どうせ」俺の人生しれたものと思う人生より、「もしかして」俺の人生はと思う方がずっと楽しく生きれるのです。

現代人は今の世の中をさげすんで生きているような気がします。俺が出世しないのは学歴のせい、人のせい、社会のせいだと自分の努力のなさを棚に上げて、人や社会のせいにして生きている人が余りにも多いようです。

「どうせ」ではなく、「もしかして」に考えを変えるだけでどんなに楽しい人生になることでしょう。

 「どうせより もしかしてだと 目の前が 明るくなって 人生楽しい」

  「もう少し レベルを上げて 生き生きと 話芸極めて 楽し人生」

  「幸せも お金も欲しい 長生きも 他力本願 成就できぬわ」

  「目標を 持たず生きるは クリープを 入れないコーヒー 同じようです」


 

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