shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年8月27日

○音の風景

 「今年の夏はいつまでも暑いねえ」と、交わす言葉に残暑を感じる今日この頃です。親父も、「わしも長い間生きているが今年のように暑いのは久しぶりだ」といいながら、せっせと秋の畑の準備をしています。いつの間にか来るハガキも暑中見舞いから残暑見舞いになり、出すハガキやメールにも少しだけ季節の変わり目を書いています。昨日友人へのハガキに「数日前まで子どもの声が賑やかに聞こえていたのに、子どもの声が聞こえなくなりました。夏休もの終りに近づき子どもたちは、夏休みの宿題に追われているのかも知れませんね」と感想を書きました。そういえば夏どころかいつの間にか一年の3分の2が間もなく終わろうとしているのです。

 毎朝日課のように朝4時に起床していますが、暑いと言いつつ今朝は幾分かしのぎやすくなって、5時ころになると外が明るくなりましたが、白夜の如く4時過ぎには明るくなっていた夜明けも少し遅くなったような感じです。親父は相変わらず90歳になるのに朝5時から朝の散歩を欠かさずやっています。牛乳屋のガチャガチャという音、新聞屋のポストに新聞を入れる音などなど、何気なく机のパソコンに向かってブログを書きながら、今朝も目や耳や肌で朝の音を感じています。

 そういえば今朝はやたらと漁船のエンジンの音が聞こえました。多分陸風と海風雨の交代時期が秋に変りつつあるからでしょう。わが町には漁港が2つありますが、わが家に近い上灘漁港の魚市場では午前3時から朝市があって、その時間になると漁を終えた漁船が一斉に帰ってくるのです。ここら辺の漁船は土曜日が休漁日なので、日曜日の朝に出漁して20時間も経った今朝港へ帰って来るのです。大漁だった船、不漁だった船など悲喜こもごも様々ですが、最近は原油の高騰で漁民の暮しも大変だと聞きました。それでも漁船はエンジンを高速にしなければ漁ができないのです。

 私は18歳から7年間漁師をした経験があります。水産高校を卒業するころ親父がガンで体調を崩したため帰郷し、若吉丸の船長になりました。その頃の漁船は5トン30馬力のヤンマーエンジンでした。今の漁船と比べると木造船だったためそんなに船足は速い方ではありませんでしたが、それでも佐田岬半島沖の伊予灘を漁場としていたため、毎日午前1時頃から午後3時まで全開エンジンのあの賑やかな音の中で暮らしていました。漁師さんの声の大きさはエンジンの音のせいで難聴気味になるからだと思うのです。私もそんな暮しを7年もしていたのですから難聴になっていたはずですが、25歳で転職し役場に入ったため難聴は解消されました。60年間も海の上で漁師を続けてきた親父の難聴は漁師の暮しに加齢難聴が重複して回復どころか益々聞こえなくなっているようです。

 ただ今6時過ぎ、先程まで港から聞こえていた漁船のエンジンの音は完全に聞こえなくなってしまいました。変って妻がスイッチを入れたテレビのニュースを伝える音が隣の部屋から聞こえ始めました。セミも起きたのか早くもうるさい声で鳴いています。鉄橋を渡る一番列車のガタゴトという音も遠くで聞こえています。野バトがグーグーとまるで私のお腹のように低い音で鳴いています。全て自然が織りなす音のモーニングコールです。

 しかしいつも思うのですが、これらの音は日々の暮しに悩殺されて私の耳にはまったく届かないのです。「自然の声に耳を傾けなさい」とは、何処かで聞いたような話ですが、自然の音が少しでも耳に聞こえるような暮しができるよう努力したいものです。もう間もなく虫の声も楽しめます。今年は虫の声を聞いてみようと思っています。

  「目が覚めて 自然耳入る 音を聞く 少し心に ゆとり感じつ」

  「エンジンの 音の近くに 暮しあり 夜明け待ちつつ 人は動きぬ」

  「気がつけば 夏も終りに 近づいて 子どもの声も 少し少なく」

  「鉄橋を 渡る列車の 音さえも 今朝の私にゃ モーニングコール」

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