shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年8月7日

○草取り

 人間が植えたものは人間の思い通りには育たないのに、人間が植えず勝手に生えた雑草は何でああも力強く育つのでしょう。草取りをしながらいつもそう思うのです。

①畑に育つ雑草

 畑は野菜や果木を植えて収穫します。特に野菜を植える前は地ごしらえをして雑草を全て取り除き綺麗にしてから植え付けます。夏野菜のナスやピーマン、トマトなどはある程度大きくなった苗を買ってきて植えるため、植えた時点で雑草に打ち勝つ条件を付けているため、ペナルティを背負った雑草は余程のことがない限り夏野菜には勝てないようになっているのです。ところが地を這うような性質のスイカやカボチャなどは知らない間に雑草が覆ってしまうのです。そのため敷き草と称して麦藁や稲藁を敷いて雑草の成長をさえるのですが、それでもなかなか最後まで雑草打ち勝つことは難しいようです。畑の雑草は果木の場合草刈機で刈り取りますが、野菜類には草刈機も使えず、自分の手で草引きをする以外ありません。わが家ではこれまで除草剤というものを使ったことがありませんでした。除草剤といえばベトナム戦争当時の奇形を産んだ枯葉剤を思い出し、残留の怖さが頭をよぎるのです。農家の方は安全だからと言いつつ多少の不安を抱えながら忙しさと作業が追いつかないため苦渋の選択として除草剤を使っているようです。そのことについては口うるさかった親父が今年の夏初めて除草剤を使いました。多分自分の作業が追いつかないと悟ったからかもしれません。先日私が親父に頼まれて草刈りをした畑に通じる道には早くも雑草の柔らかい新芽が顔を出し生い茂りつつあったのです。その新芽に除草剤を撒いたとのこと、この炎天下なので3日後見る見るうちにその効果が現れ、道の草は黄色く枯れ始めました。親父の選んだことだから無碍に反対することも出来ず、じんわり話をしました。今頃の序素材は残留性が少ないといわれていますが、人間牧場さえも除草剤をやらないのに、人間の住むわが家の近くで・・・・・・・です。

 ②庭に生える雑草

 わが家の敷地は660坪と広大です。その中の200坪くらいが本家、隠居、倉庫、煙会所、海舟館、夕観所などの立ち並ぶ居住空間です。その施設群の周りには中庭、前庭、路地庭などがあります。殆どは細かく砕いた砂利を敷いて舗装をしていません。庭には庭石や庭木がこれまた沢山植えられていて親父の自慢であると同時に、その手入れで親父の頭を悩ませるものばかりです。そして最も悩ませるのは広いが故に生える雑草なのです。90歳になった親父の力だけではどうしようもありません。私が忙しい合間を縫って草引きの手伝いをします。裏山が森林や畑になっているので雑草の種が沢山飛んでくるものと思われますが、これも自然の摂理と考えて日々引き抜いています。夏のこの頃は親父が命名したハタカリという引き抜きぬくい草が一面覆います。威力を発揮する道具は打ち鉤のような「つ」という字に一本の針金が曲がって先がとがっただけのシンプルなものです。これが意外と威力を発揮するのです。

 数日前、夏の庭木の手入れがやっと全て終り、草引きも一応峠を越しました。「この家はほっておいたら一年で雑草の密林になる」とは親父の弁、そんなこともありませんが少しずつ雑草の草引きの軸足が親父から私に移りつつある雲行きを肌で感じながらせっせと草引きをしている自分なのです。

 ③屋根に生える雑草

 わが家は日本家屋です。土壁に日本瓦が乗った夏は涼しく冬は暖かいいい雰囲気の家です。最近は耐震などと盛んに報道され肩身の狭い思いをしていますが、この屋根に抜けども抜けども草が生えるのです。「生き場所がここにもあった屋根の草」などと風流を考えるのもこれまたいいかもしれませんが、抜く方は梯子を掛け登らねばならないので大変です。よくもまあこんな所にと思うほど瓦のすき間に草が生えます。不思議な事にこれほどの夏の暑さでも平気で生きているのです。屋根を見上げ気がつけば、「明日は取ろう」と思いつつ、ついつい伸び伸びになっています。今日こそはとこのブログを書きながら思っています。

 結局私と親父の人生のかなりの時間はこれら雑草との闘いに明け暮れなければならないようです。まあ仕方がないか。マンションに住む人にはない自然の恵みをいただいている裏返しだと思ってあきらめます。

  「雑草は 植えずも元気 枯れもせず 病気もせずに あやかりたいね」

  「屋根にさえ 行き場所求め 生える草 ド根性俺に 見習え言いつ」

  「草引きに どれ程時間 かけたのか これから先も 俺が死ぬまで」

  「引いたのに また芽を出して こんにちは 踏んづけやるが 向こうは平気」

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