shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年8月6日

○あなたにとって今欲しいものは何ですか?

 「あなたにとって今欲しいものは何ですか」と尋ねられたら、あなたはどう答えるでしょう。歳をとって老い先短い人は長生きする寿命や若さが欲しいというでしょうし、お金に困っている人はお金というでしょう。毎日あくせく働く人は時間が欲しいと思うでしょうし、リストラされ失業した人にとっては仕事が欲しいと思うに違いありません。また競輪や競馬、それにパチンコなどの賭け事に熱中する人はツキが欲しいと思うのも当然なことなのです。しかしいくら頑張ってみたところで若くはならないし、時間も24時間と決められ、ツキだって誰にでもツキがくれば胴元は破産して立ち行かなくなってしまうのです。人間はこのように幾らお金を積んでもどうにもならないことを他力本願的に求めるものだとしみじみ思うのです。

 私の場合もそれ程切羽詰ってはいませんが、若さも欲しいしお金もそれなりに欲しく、人生も毎日が男時でありたいと願って生きています。少し物足りないことの不満くらいですし、そんなに神頼みしたり他力本願的な考えは余りありません。

 「そうだなあ。私にとって今欲しいのは強いてあげれば時間かな」と思ったりします。2年前にリタイアし自由人となってから少しの間は自由時間を満喫していましたが、今は訳も分らなく忙しくなって、時には現職時代より忙しいと思う時が多くなりました。自分で言うのも何ですが、これでも一日を充実した時間の使い方をしているはずなのに、色々な時間的制限が加わるのです。朝起きて寝るまでに毎日2本のブログを書くだけで2時間は必要ですし、毎日ハガキ3枚も約小1時間かかります。人間牧場や私設公民館煙会所の訪問希望は順番待ちといったところです。ハガキだって1日3枚の制約で書ききれず、はがきを貰った相手にすまないと思いつつ時間的余裕がなくそのままになって気がかりで仕方がありません。読みたい本もそんなに読む時間がなく・・・・・・・・なんて考えると、やはり自由な時間がもっともっと欲しいのです。 

 しかしふと考えることがあります。例えばハガキですが私の時間に合わせた考えだと3枚以上は出さない方針が正しいけれど、少年式に話しに行って沢山の子どもたちから同時にハガキをもらった時など、相手は同じような考えで私にハガキを出してくるのですから、順番など決めず片っ端から返事を書かなければならないのです。また数日前お年寄りから緑の少年団の講演を聞いて感動したとハガキをいただきました。そんな場合は相手の境遇を考え出来るだけ大きな文字で返事を書かなければなりません。

 私たち人間は自分本位、自分を判断基準にして他人に対応します。私も若い頃は考えもしなかったことですが、目や耳が衰えてくる年代になると、「手紙やパソコンの資料は出来るだけ太い大きな文字を書かないといけない」と思うようになりました。

 第三者に対して何かを行う場合、その相手の身になって考え行動することの大切さを、日々の暮しのクセとして身に付けていきたものです。車椅子に乗った人の身になって歩いてみれば、世の中はもっともっと弱者に優しいまちづくりが進むはずなのです。

  「欲しいもの あり過ぎ困る 欲深さ 時間くらいで 留め置きましょう」

  「思いやる 優しい心 持ったなら この世の中は もっと楽しく」

  「少しだけ 大きな文字で 返事書く 相手の歳を 頭に浮かべて」

  「わが人生 登りきらずに 下り坂 小さな峠 幾つ越えたか」

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