shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年8月3日

○台風がやって来る

 大型台風4号が大きな爪痕を残して去った日本列島に再び台風がやって来ました。今回の台風5号は前回の台風に比べるとやや小型ながら,日本に近づくまでは台風の目がはっきり確認できる強力なものでした。その台風は宮崎県日向市に上陸した後、大分県竹田市付近を通過して山口県宇部市付近に再上陸した後山口県萩市から日本海に抜けました。日向市に上陸したのは夕方でしたから夜の12時間に日本列島を縦断した事になります。台風銀座といわれる九州や四国には、今年も既に2つの台風が上陸したり掠めたりと散々な状況で、死者やけが人、床下浸水・床上浸水、土砂崩れなど大きな爪跡を残しています。

 かつて何度か裏山が崩れ、大きな被害を受けたわが家でも台風が来る度に、一喜一憂しながら眠れない夜を過ごすのです。妻は台風が来るだろうとと予測すると懐中電灯や雨具などを用意し、雨戸などを確認して台風の襲来に備えます。四国山脈を背にして瀬戸内海に面しているため、風も雨も太平洋に向いている高知県などと比べるとものの比ではありませんが、それでも地すべり地帯のため雨の災害が心配なのです。

 私にとって忘れられない台風は今から4年前の、2003年7月3日にやって来た台風でした。大雨が降り裏山が崩れ、その片づけをしていてチェンソーで右足を負傷し入院を余儀なくされたのです。救急車に乗って県立中央病院へ搬送される時間の長かったこと、チェンソーの切り傷のため手術が長時間に及び苦痛に顔がゆがんだこと、10日間の入院を余儀なくされたもののそのベットで「今やれる青春」という一冊の本を書き上げたことなど今思い出してドキドキするような思い出なのです。その闘病記録は日記風に一冊の手づくりミニ本にまとめていますが、記憶とはあいまいなもので、その痛々しい記憶すら文字に書いて残さないと忘れてしまうのです。

 今は日記風ブログで日々の暮しや思いを克明に記録していますが、凡人の私にとって記憶と記録の難しさは想像以上に難しいものです。記憶は年齢とともに退化するし記録も日々の努力を怠るとバトンリレーができないのです。それでも少ずつ無理をしないつもりで無理をして書き綴っているのです。昨日のことがもう思い出せないことだっていっぱいあるし、5年も前の出来事となるとこれは完全にメモか記録がないと思い出せないのです。

 その事を考えると、二日前に訪ねた周防大島で見た民俗学者宮本常一の文章の量たるや驚嘆に値する相当なもので、とても真似の出来るものではありません。電子文字のなかった時代ですから原稿用紙やノートに鉛筆や万年筆でどれ程の文字を書いてきたことでしょう。宮本常一の研究で知られる佐野眞一さんがいうように、宮本常一は歩き過ぎたし書き過ぎて市を早める結果となりましたが、それでも宮本常一さんの残したメッセージは「かつてこの国土に生まれたもの、そして今この国土に生きるもの、そして今からこの国土に生きるもの」を結ぶ赤い糸に違いありません。

 台風の記憶と記録だけでも意味のあることだと思いつつ、今朝去りし台風の記憶は遠ざかる台風と同じように記憶の彼方へ去ろうとしているのです。

  「眠られぬ 夜を過ごして 去って行く 記憶と台風 何処かのまちへ」

  「記憶とは はかなきものよ 昨日さえ 思い出し得ぬ 老化の一途」

  「覚えてる 足の古傷 見る度に 台風被害 懐中電灯」

  「台風は 偉いもんだね 水不足 一気に解消 水瓶満タン」

 

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