shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年5月28日

○生まれ変わった高松

 四国の玄関口という名前を長年欲しいままにしてきた高松には、その名残か今でも国の出先機関や会社の支店が名前を連ねています。しかし最近橋が架かったり情報網や交通網が発達して、大阪に近いという地の利が崩れ、NHKや郵政などが四国ブロックの拠点を愛媛県に移したりしたものですから、高松の存在が薄くなっていました。また瀬戸大橋ルートや明石・鳴門大橋ルートが開通して宇野・高松連絡船もその座を奪われると、高松の衰えが急速に目立ち始めていたのです。起死回生で望んだ高松駅周辺の再開発は予想以上の効果を生んで、今ではまさに高松の玄関、高松の目玉、高松の中心として大きな役割を果たしつつあるようです。残念な事にその反動で中心市街地の凋落は目を塞ぎたいような感じですが、それも仕方がない出来事として、新しい街への期待をしなければならないようです。

(えっ、これ東京じゃないの?と見まがう程のサンポート高松の中心施設です)

 先日5月24日内閣官房から要請があり、サンポート高松で開かれた「地域活性化応援隊派遣相談会in香川」という集会に出かけました。このところ香川県高松市での集会は殆どこの会場や全日空ホテルを使うためすっかり馴染みの場所となりました。何せJR高松駅の構内のようなものですからアクセスがすこぶる便利で、また海に面した新しい感覚の施設なので快適なのです。しかしまだこの施設は香川県や高松市はもてあまし気味で、察するに稼働率はそんなに良い方ではないのではないかと思われ、今後のコンベンションとしての利活用が待たれるところです。

(サンポートホール高松はまるで宇宙基地のようです)

(海辺の全日空ホテル)

 この日の会合は、「地域活性化伝道師」という肩書きを地域活性化担当大臣からいただいた最初の仕事でした。最近阿部内閣になって霞ヶ関の職員が盛んに地方へ出かけて対話する姿が見られます。これまで政府のことは東京で決まった話として情報公表されてきましたが、顔の見えるようなことはまずありませんでした。ましてや出先ならいざ知らず政府の役人から直接仕事を頼まれることなど殆どなかったのです。会議は内閣官房から構造改革特区・地域再生に関する制度説明に続いて二人の伝道師が30分ずつの持ち時間で事例紹介をしました。その後は伝道師・象徴担当職員による個別相談が行われましたが、私たちへの相談は防犯・防災のまちづくりの組織化と行政の関わり方でした。少し難しい話なので割愛しますが、平成の大合併後の首長選挙が大きな問題を投げかけている事に気付きました。

 首長には民間・行政経験者・議会経験者などが立候補しますが、無党派層を意識してマニフェストを掲げて現職組に揺さぶりをかけ、功を奏して就任した首長は外から行政を見ていて矛盾と思える事を様々な方法で解決しようとします。その場合義かとの軋轢や職員の抵抗にあって中々思うように進まないのですが、それでも4年という短い任期に全ての思いをぶつけて行政をするのです。結果的にいい行政が行われればいいのですが、無理難題を突きつけられた職員はたまったものではないと、冷や汗をかいているようでした。

 行政の本来の目的は地域住民の幸せ実現のためにやるのですが、人気取りになったり一部の人の都合の良い方向に誘導される危険性もはらんでいます。いいトップに恵まれた私の町も合併して少し遠い存在のトップに変りました。でもトップを身近に感じるような行動を私たち市民も参画と協働によって実現させなければならないと思うのです。

  「哀愁を 帯びた汽笛や ドラの音 五色のテープ 記憶の底に」

  「新しき 海辺の街を 潮風に 吹かれて歩く 皐月のどけき」

  「この頃は 霞ヶ関の 役人も 地方重視と 巡回歩く」

  「島行きの 小さな汽船 客を乗せ 長閑けき瀬戸を 右に左に」

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