shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年3月7日

○高知県仁淀川町ルポ①・橋物語

 高知県は太平洋に面して足摺岬と室戸岬がまるで両手を広げたように位置しているため海の県だと思われがちですが、愛媛県と徳島県に接する県境辺りでは山が深く、山また山、谷また谷の感じを強く持ちます。昨日仁淀川町の依頼で地域活性化講演会に出かけました。伊予市から砥部町を経由して国道33号を久万高原町から行く最短距離のルートを走りましたが、旧柳谷村を越えればもう仁淀川町なのです。旧吾川村に入ると山や谷を縫うように仁淀川に沿って走るのですが、川の途中にはダムや発電施設が幾つもあって、湖の側を通るような錯覚すら覚えるほど仁淀川町は山の町であると同時に湖の町でもあるのです。吾川に入るとまずカラフルないくつもの橋が目に飛び込んできます。「あの橋の向こうにはないがあるのだろう」と考えるだけでワクワクしますし、いつかはあの橋を渡って訪ねてみたい頭の中はもうメルヘンタッチです。私の今回の仁淀川町ルポの1ページはこの橋物語から始めることにします。

 

最初に目に飛び込んできたのは赤い橋でした。橋の種類は後ほど仁淀川町の担当者に聞くとして話をすす進めますが、さすが川の町だけあって橋があるわあるわで、橋を見るツアーでもしたら凄い観光になると直感しました。そのためには橋の由来と建造年月日、それにまつわる古い話や古い写真、それに一年中で一番美しいとされる季節や撮影スポットを調査研究して、「仁淀川町橋物語」という一冊の本を刊行すれば観光に役立ちます。私独特の駄洒落で「刊行・観光」です。さらにこの刊行本を利用して橋巡りをするといいのではないかと思いました。私は去年の6月から12月まで四万十市旧西土佐村の集落講演会に20回も日帰りで出かけました。往復250キロ、合計5000キロの旅をしたのですが、最初に訪れた玖木という地区でこの話をしたら、早速自分の集落を見て回ったそうです、。この集落には橋が20を超えてありました。勿論小さな沈下橋もありました。結局春と秋の2回小さなことから始めようと「玖木橋巡り」という小さなイベントをやりました。のうかのおじちゃんやおばちゃんが餅をついたり藁草履を作ったり、コンニャク作りにも挑戦してそれは面白いベントになりました。橋はあるだけなら橋でです。橋を使うのは一休さんの知恵でしょう。


(普通橋は水平にかかっていますが、この橋は愛媛県側から見ると坂道のように傾斜があり面白い話題のようです)

 そんな目で見ると仁淀川町の入口から出口まで立派な橋がやたらと目に付きますし、橋を取り込んだ周囲の景観はほらこ通り素晴らしい一枚の絵になる風景なのです。この日は戻り寒波の影響で風が強くて立っておれないほどの強風でしたが、そのことが一層湖を美しく見せて茶畑を近影にした景色はまるで去年訪れたカナダのロッキーのようでした。

(ダム湖では無表情なコンクリートの塊さえ長年の自然の営みによって見事な風景を作りあげているのです)
 この日は9時半に集合して午前と午後の5時間余り、合併した旧池川町、旧仁淀村、旧吾川村の観光スポットを見る予定だったのですが、私は少し速く家を出て、集合地の仁淀川中央公民館へ行く道すがら旧吾川村と旧仁淀村を自分だけで少し歩いてみました。まず目に付いたのは国道の下にある高校でした。多分少子化や過疎化の進むこの地での学校存続は難しいと思われるそのままの風情で、人影もなくひっそりと静まりかえっていました。聞くところによれば定員割れ、数年後廃校予定だそうですが、跡地利用も含めて遅過ぎる行政の対応が中山間地の苦悩を物語っているようでした。

 国道33号線の看板に旧仁淀村とあったので、懐かしさに誘われるまま右折しました。



しばらくすると一本の桜の木が目に留まりました。この山深い地には一足早く春がやって来ていて、大島桜のような淡い白色の桜が咲いていました。時折通る車は多分この地に住む人だと思うのですが、朝の通気時間帯ゆえか、それともそんな余裕がないのか桜を愛でるでもなくスピードを上げて通り過ぎてゆきました。猫に小判かもしれません。

 

 この村にはひょうたん桜という銘樹があります。できれば「桜物語」も考えられるストーリー、全山を埋め尽くす界隈の桜は是非散策したいものです。今回は残念ながらひょうたん桜に面会することはありませんでした。旧仁淀村には2~3度仕事で来ています。その時は村役場の案内で訪ねましたが、その時は気付かなかった二つの沈下橋を見つけました。高校のいり口辺りでしょうか、町営通学バスが高校生を降ろしていました。側には幾つもの橋が架かって沈下橋はまるで役目を終えたようにひっそりとした佇まいを見せていました。かつては村民の生活を支える大きな役割を担っていたであろうにと思うと、栄枯盛衰の時の流れを感じ悲しくなりました。

(この橋はどこか風情があります。残しておきたいスポットです)


  「この町に 幾つ橋ある 指を折り 数えてみたが 数え切れずに」

  「仁淀川 川は庭石 展示場 一つ欲しいが 持って帰れず」

  「四万十が 母なる川なら 仁淀川 父なる川と 呼びたいほどに」

  「四万十を 最後の清流 呼ぶのなら 仁淀最初の 清流呼びたい」

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