shin-1さんの日記

○広島からのお客様

 日本全国の市町村を訪ね歩く私にとって、行きずりの街もあれば思い出に残ってその後の出会いに発展する街もあります。まちづくりは人が深く関わることから私と不特定多数の人であっても、その後の手紙やメールのやり取りで近しい関係になって行き来する人は結構多いのです。多分そのことこそがまちづくりなのだと思うのです。

 昨日広島県世羅町から升本大田公民館長さん以下8人の方が人間牧場へ見えられました。大田地区振興会連絡協議会のメンバーなのですが、この町でも合併後の住民自治の在り方を巡って様々な試行錯誤が行われ、現在の公民館が20年度から自治センターと名称を変更し、22年度からは振興会がその施設をも管理するとのことでした。公民館は教育施設ですが、自治センターは行政施設です。教育長や公民館長、さらには公民館に13年間も携わった私として、一言意見を挟むなら、こうした教育機関を行政機関に安直な方向転換する行政のやり方は如何なものかと思わざるを得ません。勿論教育行政のトップたる教育長さんも承知の政策転換でしょうが、教育行政側から言わせればとんでもない出来事だと思うのです。

 合併によって広域化した行政区域内に住む住民に行政の効果効率とまちづくりへの住民参画を促すのは何処の自治体も一緒です。財政悪化のつけをこうして教育と行政の混同でお茶を濁すようではいいまちづくりは出来ないのです。これこそ教育委員会制度が形骸化していると言われるゆえんであり、教育への不当介入だと言わざるを得ないのです。残念なことは教育の現場がそのことに気付いているのかいないのか、それとも気付いていても文句が言えないのか、寂しいことなのです。

 まあ、他所の町の出来事なので余り目くじらを立てることもないのですが、それでも大田地区振興会連絡協議会の人たちはみんな真剣で、これからの住民自治について真剣に勉強して帰りました。

 彼らが私の元へやって来たのはもう一つ理由があります。それは大田という山の中の町と双海町という海に面した町の交流を探ることです。海のない町にしてみれば海のある町はとても魅力があります。勿論その反対の海の町が山の町に憧れる事だってあるのですから当然でしょう。彼らは早春の磯の香りを嗅ぎながら閏住地区の菜の花畑や人間牧場からの海の眺めを満喫していました。世羅町は今年の高校駅伝日本一の町だし、花の観光ではかなりの知名度を持った町で、夕日の日本一美しいといいながら足元にも及ばないいい町です。でも私の町だって自治公民館活動は50年もの長い歴史を持った素晴らしい町です。お互いが行き来をしながら高めあう意味は十分にあるようです。自由人になった私がその橋渡し役をしなければならないのですが、さて受けてたる双海町の気持ちをこれから解きほぐしてゆかなければなりません。合併前の昔だと一も二もなくOKでしょうが、合併後は何かと上の意向を聞かねばならず厄介なようです。

 みんなで遅い昼飯に行きました。潮路という人間牧場の下にあるお店ですが、この店はカモメの餌付けをしており、私たち遠来のお客さんのためにテンカスをやってカモメを呼び寄せてもらいました。みんな始めて見る光景に驚いた様子でしたが、この餌付けこそまちづくりのヒントが隠されていると思い色々な話をしました。

 まああせらず、ボツボツと外堀を埋めて行こうと思案しています。世羅町に兼丸さんという面白い方がいます。彼は博学で民具の収集家で、そして家も茅葺という面白い生き方をしています。先日お手紙が来て、茅葺屋根の葺き替え写真を同封してくれました。今回も同行して私の車に乗ってマイクロを先導しましたが、いい巡り会いを感じています。私の家も民具を改造した倉庫に展示していますが、兼丸さんの収集物はその数の多さ、その広さには「目を見張りました。家の横で炭を焼いていますが、常識では考えられない鉄製の炭窯で毎日炭を焼いているのです。是非近々完成した茅葺屋根の容姿を見に行きたいと思っています。

 公民館長さんも、振興会長さんも広島弁丸出しの魅力的な方々です。更に交流を深めたいものです。

  「山人が 海人会いに やって来た 自慢の炭米 車に乗せて」

  「行政が 教育侵食 何か変 何とも思わぬ 人が可笑しい」

  「一束が 千円超える 茅を葺く 草屋懐かし 田舎消えつつ」

  「景観は 努力があって 出来るもの 無造作看板 町並み台無し」

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shin-1さんの日記

○春を食べる

 春になって野山には様々な山菜が顔を出すようになりました。折からの天候で東北では思わぬ雪が降り、暖冬で今年の営業を諦めかけていたスキー場が慌てて再オープンしたり、関ヶ原では雪のため東海道新幹線が徐行運転するなど、相変わらずの気象異変に国民は首をすぼめているようです。でも私たちのような四国に住む者にとっては寒いといっても氷点下以下に下がる訳でなく、暑いといっても沖縄ほどでない程々の気候ですから我慢しなければなりません。

 昨日人間牧場へ行ってツワブキを獲ってきました。他所の地域では馴染みの少ないツワブキですが、私たちの町はツワブキの自生地で、その気になれば幾らでも獲ることができます。最近はその味を知ってる人が沢山やって来て、処かまわず獲って帰るのです。中にはツワブキの可憐な黄色い花を楽しむために公園に植えているものや、自家山菜として栽培しているものまで勝手に獲ってゆく不届き者もいてちょっとした騒動まであるようです。

 この頃のツワブキは茶色の綿毛を被ったそれは可愛い姿をしています。親株に見守られるように生えているツワブキの子を抜き取って収穫するのですが、目ざとい人は片っ端から獲って帰るので、後追いに回ると中々収穫ができないのです。それでも何本かのツワブキを自宅に持ち帰り、新聞紙を広げて剥き始めるのですが、皮を剥く作業がまた一苦労で、ツワブキの灰汁で指先はニコチンが吹いたような汚さになります。最近はナイロンの薄い手袋が出回って手袋さえすれば指を汚さなくて済みますし、指に食酢をつけながら剥くとまるで裏技のように綺麗に灰汁が取れるようです。剥いたツワブキは水に晒して灰汁を取り軽く茹でて更に水に晒し、煮付けの魚などと一緒に煮付けるのです。ほんのり苦いその食感はまさに春の味でお酒などにも良く合う食べ物なのです。

 シーサイド公園の特産品センターには皮を剥いたツワブキが小さな袋に小分けされて200円程度で販売されており、手間暇かけずに春を味わうことが出来るし、ツクシやタラの芽も同時に買い求められます。間もなくするとワラビやゼンマイ、筍やイタドリも出て春の旬を思う存分味わうことが出来るのです。こうした山菜の数々は子どもの頃は灰汁が強くて口に合わず殆ど食べなかった嫌いな食べ物でしたが、やはり歳のせいでしょうか、山菜の味が分るようになって来ました。

 山菜と並んでわが町は海の町なので海の幸が沢山味わえます。海岸に下りて少し大きめの石をひっくり返せばニナという小さな貝が取れます。長靴と軍手の出で立ちで磯遊びをするのもこれからの楽しみです。獲ったニナは一日だけ塩水につけて砂を吐かせ、茹でにして爪楊枝で抜きながら食べるのです。ビールのつまみに最適でほんのり苦い食感もやはり春ならではの味なのです。少し深い水辺を歩けばワカメやヒジキも獲れますが、特にこの頃のワカメは柔らかく、茶色の海草が熱湯の中に入れるとまるでリトマス試験紙のように深い緑色に大変身するのです。ワカメの刺身もおつな物で、プーンと磯の香りが漂ってきます。

 昨日は魚編に春と書いて鰆と呼ぶ鰆の刺身を食べました。まるでトロのように口いっぱいにとろけます。まさに春、春、春のこの頃です。忙しい日々に変わりはありませんが、それでも2年前までの勤めていた時代とは違って私は現在自由人です。季節を楽しみ、季節を食べ、季節の中に身を置いて生きている実感をしみじみと噛みしめています。自由人っていいなあー。

  「分け入りて 綿毛被りし ツワブキを 御免なさいと 二三引き抜く」

  「そんな手も 灰汁が付いたら 大変と 手袋はめて ツワの皮剥く」

  「食卓に ツワブキワカメ 春姿 湯気の向こうに 美人の?妻が」

  「裏山の 日毎濃くなる 春の色 百合根緑葉 大きく伸びて」 

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