shin-1さんの日記

○久万高原町の木にこだわったまちづくり

 今日は昨日とうって変わった天気で、早朝から雨が降り始めました。低気圧の影響でしょうか海は南西の風、ここら辺ではやまぜの風が吹き荒れて、何もかも飛んでしまいそうな強風でした。昨日の天気がまったくウソのような感じで、今日はそんな雨の中を約1時間あまりをかけて久万高原町で開かれた「木にこだわったまちづくり」のお手伝いに出かけました。私と愛大名誉教授の猪瀬理先生がそれぞれ30分間づつ基調講演を行い、その後のパネルディスカッションにつなげようとするものです。猪瀬先生は長年久万長と関わっているので、専門的見地から木について理路整然とお話されました。久万町へは河野町長さんや渡部助役さんの時代から何度となく訪れていますので、大体のことは分っているつもりなのですが、いざまちづくりについて語るとなると30分といえども基調講演ですから手を抜くことは出来ません。


 私は今朝書いたレジメを前半話し、後半は「もし私が久万高原町長だったら」という次のような話を木になぞらえて話しました。木・林・森という漢字があります。木=虫の目、林=人の目、森=鳥の目、木を生かそうと思えば林や森の視点を持たなければなりません。

①賑わいの復活

 先日仁淀川町を訪ねた時の印象を話しました。国道33号線はかつてのような交通量が八の字高速道路の完成によって激減しています。松山からだと遠回りのように思える川之江ジャンクション経由だと2時間で高知市へ行けるのに、久万経由だと相変わらず3時間もかかるのです。道は山を縫うようにして曲がりくねっており、快適さを求める現代人に敬遠されるのは当たり前でしょう。松山からそんなに遠くない位置にあるのに三坂峠の存在が遠いイメージを持たせているのです。現在掘っているトンネルの一日も早い完成を待ちたいものですが、アクセスの整備はぎょせいの大きな仕事であることの認識をしっかり持ち、トンネル開通後のまちづくりプランをしっかり練るべきだと言いました。賑わいは交流人口の増加です。賑わいを創出するためには事を起こすことや拠点の整備をしなければなりません。ふるさと村のイメージが定着していますが、この20年で交流の相手は随分変わってきたことの認識も必要です。

②健康のイメージづくり

 花粉症がひ弱くなった現代人の病気として認知されていることは、春先の花粉情報でも明らかです。杉の町=不健康な町では困ります。スギ花粉だらけの町に住んでいる人が何故過ぎ花粉症にならないのかもっと考えるべきです。森林浴やマイナスイオンの里など森林の持つ健康を強調すべきだと思うのです。合併によって面河・美川・柳谷が加わって久万高原町の森林政策は大きな魅力を増しました。落葉自然林ゾーンが出来たのです。水源涵養や環境問題にも派生する森林政策がより重みを増しています。健康イメージを復活したいものです。

③情報化時代に対応する

 徳島県上勝町や愛媛県内子町の農業がパソコンで息を吹き返しました。マーケティングまではいかなくても、インターネット情報が主流の時代を生き残って行くためには、情報鎖国の状態では困るのです。参加した人の殆どの人の頭は白髪の白骨林、毛が抜けた禿山に似ている、新しい情報という木を植えなければなりません。竹森さんがいうように都会には第二のふるさとを求めているし、健康な生き方を田舎でしたい人がいるし、安心安全が脅かされる都会に住むことへの危機感を持っている人が沢山います。田舎暮らしの情報を求めているのに久万高原町からの情報発受信は残念ながら皆無なのです。「誰に来て欲しいの」と尋ねられたらどう答えるか。交流は松山圏内、定住は全国募集というターゲット意識をしっかり持つべきなのです。

④町の魅力をつくる

 久万高原町千年の森運動、シンボル的ツリーハウス、久万産材の迎賓館、木になるカバンの製作、机の天板を贈る卒業式など新しいアイディアを私なりに提案しました。参加した人たちがどう受け止めたかは知る由もありません。でも魅力とは結局青い鳥ではなく町民のやる気の行動でしかないのです。まちづくり、魅力づくりは自分づくりなのです。


 最後に町長さんが「木にこだわりのまちづくり宣言」を読み上げました。その内容はまちづくり、久万の家の建設、久万材を使った家づくりの推進の三つでした。「今日が始まり」という言葉が印象的でした。


 

  

  「町長の 意気込み 感じつ 話する 顔の向こうは 昔若者」

  「人車 減って寂しや 遍路道 桜雨打つ 道をとぼとぼ」

  「一年中 緑覆わる 久万の町 春夏秋冬 同じ服着て」


「笠地蔵 昔話で 聞いたっけ 三坂峠の 坂を登りつ」

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shin-1さんの日記

○昨日は忙しい一日でした

昨日は公私にわたり忙しい一日でした。朝起きると森林組合の稲田組合長さんに3日前注文していた梅10本とスモモ6本の苗木が届いていて、既に木の芽が動いて目を出しているので、急いで植えなければなるまいと、支柱用の竹を裏山で10本ばかり切って苗木とともに軽四に積んで人間牧場へ行きました。昨日あたりからすっかり春めいて、朝の気温が5度程度だったのに今朝は10度もあり遠望は春特有の霞がかかっていましたが、雲ひとつない絶好の畑仕事の天気でした。前もって大洲の亀本さんからもらった耕運機で中耕をしていたので、かなりスムースに植えることが出来ました。それでも昨年手に入れた梅の木の間隔を参考にしながら何年篭に張るであろう枝を想定して鍬で穴を掘り、丁寧に植えて行きました。近所で畑仕事をしている顔見知りのおばちゃんと畑を挟んで大声で会話を交わしながらの作業でした。春とはいいながらきつい日差しに汗が噴出しましたが心地よい汗です。苗木に付けられたエブ札によると梅は加賀白という品種のようで、スモモはサニタリーと大豊(大実)と書いてありました。植えた後竹の支柱を立ててビニール紐で2箇所づつしっかりと固定しました。今度人間牧場に行った時は亀本さんからいただいている牛糞を苗の周りにしっかり振りまいて大事に育てたいと思っています。稲田組合長さんの話によるとスモモは3~4年で実を付けるそうですので今から楽しみです。たった一人でのなれない仕事ははかどったようでも3時間もかかって、水をやり終える頃には12時近くになっていました。畑の隅には沢山のツワブキが伸びていて、食用に100本ばかし引き抜いて持ち帰りました。明日にでも皮をむいて食用にしたいと思っています。

 午後2時には約束をしていた岡山県の備前市商工会議所から14名の視察を受け入れることになっていたのでシャワーを浴び食事を済ませて市役所支所でお願いしていたパンフレットの入った封筒を貰って待ち合わせ場所のシーサイド公園へ向かいました。30分前だというのにバスはもう到着していて、意気込みの強さを感じました。今回の視察者の中に私がかつて講演で行ったことのある和気町商工会の会長さんが来られていました。夕日のミュージアムで約1時間ばかり話した後シーサイド公園や閏住の菜の花畑の見学に出かけました。菜の花も少し満開を過ぎた頃ですがそれでもまだまだ十分楽しめるようです。私の妹の店「くじら」にも立ち寄っていただき、いよかんをどっさり買っていただきました。感謝です。

 その後本当は人間牧場に案内したかったのですが、残念かなバスが大き過ぎて人間牧場への乗り入れが無理なので、私の家の煙会所と海舟館を見てもらいました。運良く妻が仕事から帰っていたので駆け足ながらお茶をサービスすることができました。


 近所の人は大型バスが停まってゾロゾロと見慣れぬ人が歩くのを見て、「ああまた若松の進ちゃん方にお客さんが来ている」てな調子で別に気にもせずやり過ごしていました。

 年間1500人程度のお客さんが毎日のように訪れる私の家はわが町ではちょっとした名所になっています。やはり何といっても迎える側の妻と親父の存在は大きく、接待役の妻、掃除役の親父がいてくれるからこその出会いなのです。

 備前市の人たちが帰って間もなく地元の集会所で私が自治会長を務める自治区の監査会を実施するため、集会所へ向かいました。三役と監査2名の合計5名程の小さな集会ですが、一年間使った収支の決算を見てもらうのです。会計さんが几帳面な方なので1時間足らずで何の問題もなく承認のハンコをいただきました。それからは来年度の事業について用意した缶ビールとおつまみで談笑しました。私も区長という自治会長を任期2年間一生懸命やらせてもらいましたが、再任の希望も強く心は揺れましたが、役割はみんなが分担することが何よりなので、一応後任を決めて退任することにしました。自治会の総会は3月27日に決まりましたので、間もなく満期で退任です。地元の仕事ゆえ手も抜けず楽しく仕事をさせてもらいました。

 午前・午後・夜と忙しい日々はもう少し続きそうです。

  「午前中 午後に加えて 夜の会 何でこんなに 忙しいのか」

  「備前から 土産に貰った マグカップ ビール飲んだ日 思い出されて」

  「お茶でもと 差し出す接待 妻笑顔 これがわが家の 大きな財産」

  「羨まし 口をそろえて 妻褒める 俺は褒めずに 来客帰る」

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shin-1さんの日記

○木の中で生きる

 「お父さん、お父さんのことが新聞に載ってるよ」と、3日前の3月21日、朝飯を食べながら新聞を読んでいる次男が新聞記事の中から目ざとく私の名前を見つけて「ほら」と見せるのです。よく新聞に出た役場現役の頃ならいざ知らず、内心「俺は新聞に出るような悪いことはしていない」と思いつつ、「どれ」と息子の指差す小さな催し物告知記事を読みました。

 【久万高原町・木にこだわりのまちづくり研究会】

 24日午後1時半から、久万高原町久万の町民館で。住宅などへの久万材利用を促進しようと、上浮穴林材業振興会議が主催する。愛媛大学名誉教授の猪瀬理さんが久万林業の歩美と課題について、元双海町教育長の若松進一さんがまちづくりと情報発信について講演。大規模林家や建築士がパネルディスカッションをする。参加無料。問い合わせは同会事務局(県久万高原森林林業課内)=電話0892(21)1265。

 息子と私のこの会話を聞きながら、妻が「お父さん、何であなたが木材で生きてきたいわば専門家だらけの久万高原町に木の話をしに行くの?」と不思議がって聞きながら、「なんぼなんでもそれだけは止めた方がいい。断ったら」というのです。息子もその話に同調して「僕もそう思うよ」とやんわりいいながら、「第一木について何を話すん」と返してきました。私はすかさず「お前だったらどんな話をしるかなあ」と問い直しました。「うーん、思いつかない」という口の下、「お父さん、この新聞も元はといえば木で出来ているんと違うん」、「それからこの僕の今食べてる箸だって」、私「箸なんか食えるか」、息子「違う違う、ご飯を食べてる箸だってといってるの」、私「最初からそう言え、日本語は難しい」など親子3人の会話が盛り上がりましたが、内心この話はいただきものだと思ったのです。

 「えっ、3月24日午後1時半からといえば今日か」と思いながら、私は今日の話について色々思いを巡らせました。今日の日を迎えるに当たって事務局から担当者が2人もやって来て事前打ち合わせをやりましたし、A4程度一枚のレジメを出すよう求められていました。レジメの嫌いな私は断ったのですが、私以上に大きな役割を担う大学の教授も出すというのでしぶしぶ出すことを約束しました。しかしレジメ締め切りになっても一向考えは浮かばず督促の電話に急かされて、いい加減なレジメをだしてしまいました。

 【(木)気を使ったまちづくり】   人間牧場主 若松進一

1、私の木にこだわったまちづくり

 ①気(木)になるカバン・気(木)になる名刺入れ・気(木)になる名刺ー情報発信

 ②斧折れマイ箸運動ー環境問題とコップの共磨き

 ③ツリーハウスー広告塔

 ④ウッドデッキ(空間利用)

 ⑤人間牧場(水平線の家・ロケ風呂)ー夢の語り場

 ⑥漁協女性部の山に木を植える運動(森は海の恋人)-海と山の交流

 ⑦県内現役木造校舎最古の翠小学校・丸木舟製作と黒曜石ルーツの旅ー文化

 ⑧高知県馬路村魚梁瀬杉150年生原木の切り株ー人間の一生との比較

 ⑨樹齢200年のヤマモモの木ー動物との共生

 ⑩学校のシンボル樹(ギンモクセイ・イチョウ)-香り

 ⑪これ以外にも(庁舎のモニュメント・4本の磨き丸太・船の模型)~きりがない

2、もし私が久万高原町長だったら

 ①久万高原町千年の森運動(運動と交流)

 ②シンボル的ツリーハウス(遊び心)・久万産材の迎賓館(検証)

 ③木になるカバン製作運動

 ④?

 ⑤?

 ⑥?

 ⑦?

 以上のようなレジメを添付しメールで送ったのです。

 それから今日まで、決して忘れていたわけではないのですが④⑤⑥⑦の?を考える間もなく秋田などへ旅立ち、忙しい日々を過ごして、未解決のまま当日の朝を迎えてしまいました。

 手元に一冊の本があります。たまたま立ち寄った秋田県秋田市の本屋で早川謙之輔という木工匠の書いた「木に学ぶ」という本を見つけました。秋田杉の産地だからと多分こちらの方の本かなと裏書を見ると義府県生まれの方でした。秋田で過ごした3日間は180ページほどの薄いこの本を没頭して読みました。木に関わった人でないと分からない木の秘密が沢山書かれていました。杉の木のルーツ(氷河期を樹残った若狭湾富山湾から秋田、南下して静岡、西南に進んで四国九州、屋久島という説4分類説、屋久島に残った母樹が日本海を北上して太平洋側を表杉、日本海側を裏杉とする2分類説)木が生長するメカニズム、昔の人の知恵、木と人間、道具考、炭の話、木と水、木と薬、木と環境、木と土の関係、木と芸術、木と橋、高野マキ製ヒューム管・井戸底に生の松丸太を敷く知恵、三味線や琴の木が奏でるハーモニィ、木灰と焼き物釉薬、備長炭とウナギ、薪ストーブと風呂(伐採樹の50パーセントは燃料用・先進国は18パーセントだが発展途上国は89パーセント)、日本の伝統囲炉裏などなど、薄っぺら委というよりお粗末な私の知識に衝撃のようなものが走りました。

 求めていた知識の穴を埋める本に出会ったとき、カルチャーショックを受けるのは私だけではないともいます。今日のテーマである「木にこだわりのまちづくり」の木材利用の話は専門家である愛媛大学名誉教授猪瀬理先生にお任せして、私はむしろ無知な雑学しかも一夜漬けの話をしようと思っています。門外な私の話など誰も期待していないのですから、「コンセンサス」を得るどころか「混戦さす」気持ちでお茶を濁しにこれから参ります。結果は今晩のブログ書き込みで続きを・・・・・。


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