shin-1さんの日記

投稿者: | 2007年1月28日

○第18番目の煙会所分家誕生の兆し

 博多から新幹線で関門海峡を渡り、新山口を経由してスーパーおきに乗り換え島根県益田まで講演行脚の旅を続けました。リトル東京とでも呼ぶべき発展いちぢるしい博多の喧騒と比べると、山口県や島根県はまるで時間が止まっているような錯覚さえ覚えるほどの落差を感じました。新幹線の速さに比べるとスーパーおきという特急列車もまるで鈍行列車のようだし、高層ビルの立ち並ぶ街並みを天に向かって仰ぎ見ながら歩いた博多の街とはまるで別世界のようでした。それでも博多には博多の、益田には益田の趣きや暮しがあるのですから世の中は面白いものです。対比や比較をどういう物差しでするかはその人の思いだし、一概にどちらがいいと甲乙つけることもできません。しかし私たち田舎者は安心と安全の上に胡坐をかいてそんな社会のあることすら知らないままに過ごすことの危険性もあることだけは知るべきだと思うのです。

 島根県益田の駅前に宿を取った私を迎えてくれたのは、大畑さんや寺戸さんなど日ごろ交遊を温めている社会教育の仲間でした。益田界隈への旅は教育委員会で地域活動のコーディネーターをやっている大畑さんがいつもスポンサーになってくれるので大助かりですが、今回も大畑さんの友人数人が集まり、やる気の創造をテーマに、明くる日のPTA連の研修会をさておいてかなり密度の濃い交流をやりました。集まったのは10人ほどでしたが日ごろ問題意識を持っている仲間だけにすぐに打ち解け、夜7時過ぎからはじめたというのに飲むのも食うのも後回しにした熱心な話し合いがもたれました。

 集まった人たちはとに角元気で活動していますが、どこかに不安と不満と不信を抱えていて、何かを学びたいという意識を持っている人ばかりで、そのきっかけとして私の出番もあるようでした。煙会所や人間牧場を訪ねたことのある大畑さんや寺戸さんは既にかなり密度の濃い青少年活動を常日頃から実践しているし、それぞれも益田や周辺地域で活動している人たちなので、結局は赤雁の里の渡辺さんの音頭で勉強会の旗揚げが決まりました。私の助言もかなり効果的に受け入れられて10年間ぐらい続けてみようといういうことになりました。

 嬉しいことにその拠点としてどこかに煙会所の分家を作ることになったのです。煙会所の分家は北は青森県三戸郡倉石村の八心堂から南は鹿児島県奄美大島瀬戸内町の第17縁開所まで17もあるのですが、今回結社しようとしている益田が18番目になります。18は演技のいい番号です。18番はおはこです。この番号を手に入れた彼らは喜び勇んで早速看板を用意して始めるようです。

 思えば30年前、わが家の敷地内に手づくりで作った煙会所が30年の時の流れの中で18にも広がったのです。非日常を目指した煙会所も時の流れの中でいつしか日常化し、そろそろ役目を終わるのかと思い、新たな非日常の拠点として人間牧場を作りましたが、煙会所の灯火はまだまだ健在のようです。近いうちに看板を持参して旗揚げを祝いたいものです。嬉しいね。

  「三十年 使いし私設 煙会所 既に十七 今年十八」

  「煙見て 狼煙の合図 揃い来て 心一つに 夢を語りぬ」

  「不平など いっても何も 変わらない ことを起して 一から始める」

  「常一の 教え地で行く 行脚にて 足元見つめ 地道に進む」


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