人間牧場

〇バッタを食べるカマキリ
 このところまるで梅雨のように雨がよく降ります。今日は11時過ぎたまたま家に私しか誰もいず、急に雨が降り出したので干していた洗濯物を濡らしては大変と、急いで物干し竿から取り込みました。

 暑かった8月も今日で終わり明日から9月です。夜になると気の早い秋の虫たちの鳴き声が賑やかに聞こえるようになりました。昼間畑の隅の倉庫の板に大きなカマキリが羽を休めていました。

 私が見ていると急に飛び立ち、草むらにいるバッタを見つけたカマキリが襲い掛かりました。カマキリが餌を食べている姿などめったに見れないので、しゃがみ込んで遠目で高みの見物となりました。

 飼っている蜜蜂の巣箱の前では相変わらずスズメバチがホバーしながら、蜂蜜を持って帰った蜜蜂を狙っています。虫網で捕獲して足で踏んずけて処分していますが、自然界の虫たちもそれぞれ生き延びるため必死に活動しているようです。

 

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〇一人の女性の心変わり
 私は小は小学生から大は高齢者までを対象に、求めに応じ色々な所で色々と他愛ない話をしています。時には1千人を超す大集会もあればたった4~5人の小さな集会もありまちまちです。与えられたテーマに沿って短くて10分、長くて120分話すのですが、最近は余り事前に用意もせずアドリブでお茶を濁し話すことが多くなりました。

 その昔、私が代表を務めている21世紀えひめニューふぉろんティアグループの主催するフロンティア塾の40回目の締めくくりに、あの有名な永六輔さんを講師にに招きました。永六輔さんは講演の前集まった参加者に「今日は私にどんな話が聞きたいですか?」と聞き、手の上がった4~5人の聞きたい話をテーマにしてアドリブで90分間しっかりと話しました。

 演題のない講演で何でもこなす永六輔さんの姿を見て、「この人はどんな知識を持っているのだろう」と不思議に思いました。永六輔さんと私は月とスッポンほどの違いがありますが、折に触れ「あの人のように喋りたい」と思ってはいるものの、やはり無駄な抵抗だと思いながら、愚直な抵抗を続けていますが、抵抗もここまででもう残り少な人生から考えると夢幻に終わりそうです。

 私は人前で話をする時、集まった人の1人でもいいから心の扉を叩いて開けれたらいいと思っています。先日私の話を聴いたという1人の女性がわが家へ訪ねて来ました。聞けば私の話を聴いて感動したのでと前置きし、「気持ちを手紙に書きました」と一通の手紙を手渡されました。その女性が帰ってから手紙を開けて達筆な心こもった手紙を読みました。

 「お話に深く感銘を受け、早速私もこれからの人生についての生活設計を作ってみたい、そして『わくわく、ドキドキ、じ~ん』と感じられる人生を歩みたい」と書かれていました。30人ほどの集会でしたが30分の1ながら心の扉を少しだけ開くことができました。ブラボーです。手紙を見せながら読んで聞かせた妻も「いい手紙を貰って幸せだね」と喜んでくれました。

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〇お接待所を営む越智カヨ子さん
 私はこれまで約60年間地域づくりに関わり、多くの人と出会って生きてきましたが、世の中には奇特な人がいるものです。越智カヨ子さんと何時出会ったかは定かに覚えてはいませんが、急接近したのは四国88ヶ所世界遺産化の会のフォーラムでした。越智さんは通称カヨちゃんと呼んでいますが、お接待がしたくて出生地の久万高原町に移り住んだという、他人から見れば「ええっ~」と言われそうなお接待ならぬ80歳がらみのおせっかいおばさんです。

 昨日人形作家林さんのアトリエを訪ねましたが、カヨちゃんも同席し色々な話に花を咲かせました。昔看護婦をしていたこと、お接待がしたくてご主人と久万高原町に引っ越して暮らしていること、へんろ道保全やお接待所活動など、世知辛いこの世の中では考えられないような考えや行動には頭が下がる思いでした。カヨちゃんに比べると私などまだまだ修行が足りないと心底思いましたが、真似など出来そうもありません。

 人の縁とは不思議なもので、聞けば私が役場に勤めるきっけけとなった病気入院した松山道後の奥島病院で当時看護婦をしていたそうで、ひょっとしたら気付かないニアミスをしていたかも知れないのです。少しだけ私より年齢を重ねていますが、まあ同年齢同世代の域なので話の波長は全く一緒で、昭和史を地で行く話をたっぷり聞かせてもらいました。時折窓から吹き込む爽やかな涼しい風が眠気を誘ういい一日でした。

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〇鉛筆と消しゴムが懐かしい
 私は若い頃教育委員会で社会教育の仕事をしながら、行政広報ふたみを担当し、忙しい社会教育の仕事をしながら毎月2回出さなければならない広報紙づくりに奔走しました。当時はパソコンやワープロもないので鉛筆と消しゴムと専用のマス目のある原稿用紙に手書きで書いていました。

 書いては消しの連続で、机の上にはいつも4~5本の鉛筆と消しゴムが置かれ、特に消しゴムを使って消した消しゴムのカスが汚く感じられましたが、締め切りに間に合わせるためそれらを掃除する暇もなく、いつも妻から「汚いから何とかして」と教育的指導を受けていました。

 先日400字詰め原稿用紙に直接書く原稿依頼があって探しましたが、この1年間自分でナイフで削った鉛筆と消しゴムを使ったことがなく、探すのに一苦労しました。私は毎日Face Bookとアメーバーブログ、それにワードプレスにそれぞれ原稿を書いていますが、勿論その記事は鉛筆も消しゴムを使わず、むしろ正しい言い方では「原稿を打つ」なのです。

 打った原稿は即座に配信されFace Book仲間の目に触れて読まれ、時には意見や反論がメッセージ欄に書き込まれたり、いいねボタンが押されてりして、交換交流の素材となっています。容易に書き換えることが出来たり保存できるこの上ない便利なツールを、殆ど何の疑いもなく使って暮らしている自分が少し奇妙にも思えました。

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〇どこへ行っても顔見知りが多く顔と名前を憶えていることに驚く妻
 私は現職を退いて18年になります。現職の頃はまちづくりをしていたため、あるいは講演活動をしていたため、それなりにそれなりの人に顔をや名前を憶えてもらっていましたが、さすがにこの歳になると多少男前だったこの顔もしわとシミが増え始め、かつての面影はないはずなのに、「若松さんじゃない?」と声をかけられたりして驚きます。

 県内ならいざ知らず先日広島に出かけた時、電車の中で私の顔をジロジロ見ている人に出会いました。顔に何かついているのだろうか?と思い気になって仕方がありませんでした。電車を降りる時「ひょっとしてあの夕日で有名な愛媛県の若松さんじゃないですか」と声をかけられました。何ということでしょう。私もその人の名前をうろ覚えながらとっさに思い出し、「失礼ながら〇〇さんでは」とピタリ顔と名前が一致すると、「覚えてくれていてありがとうございます」と握手を求められ、持っていたもみじ饅頭の大箱をみやげにいただきました。

 かくの如く私は妻も驚くほど人の顔と名前を覚えるのが得意で、そのことで随分得をしています。飲み屋は勿論のこと、講演会で、あるいは道を歩いていて、また講演会場でとありとあらゆるところでで懐かしい出会いを繰り返しています。中には私の名刺を今も大切に持っている人もいるし、私が差し上げたハガキを家に飾ってくれている奇特な人もいます。さすがに記憶力が減退しつつあるいまごろは思い出せない人も沢山いますが、それでも一緒にいる妻を驚かせています。これも特技でしょうか。

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〇不思議な格好をした小動物
 私たちの身の回りには私たちの知らない小動物や小植物が沢山それなりの生き方をしています。ふと足元を見るとテレビ小説「らんまん」の主人公牧野万太郎のように、その不思議さに思わず座り込んで見とれてしまうのです。

 昨日庭の茂みに一匹の「ナナフシ」という小動物を見つけました。最初見つけた時は「小枝」と見まがう程でした。よーく見ると動いているので虫だと気がつきました。「ナナフシ」という名前ながら7つも節はありませんが、節が多いのでその名がついたようです、

 「ナナフシ」は何のためにこの世に生まれたのか、親や子の姿はと思うものの凡人の私には知る由もありませんが、生まれるべくして生まれたに違いありません。若し人の暮らしに都合が悪いと「害虫」のレッテルを張られ、農薬などで駆除されるのでしょうが、こんな虫たちと一緒にこの地球上で同時期に、命をつないで生きている私も、害人なのか益人なのか?、分らぬまま78年生きてきました。

「ナナフシと 言う名の奇妙な 枝切れに 似た虫見つけ 座り込んで見る」
「この虫は 害虫だろうか 益虫か? この世に生まれ 命ながらえ」
「ナナフシは 名前の通り ナナ不思議 凡人私 知る由もなし」
「さてどっち 私は益人 外人どっち? ナナフシ聞いたが モノも言わずに」

 

 

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○夕日のメッカ高知県宿毛へ殴り込み
私の町は自称日本一の夕日の町と自負しています。これまでにも夕日百選と呼ばれている町へ出かけあれこれ意見を戦わせてきましたが、今日はだるまの夕日で有名な高知県宿毛市から講演のオファーがかかり楽しみにして出かけています。講演は午後7時からですが、どうしても夕日がみたくて少しは早めに出て宿毛の道の駅に到着しました。道の駅はすっかり様変わりしてキャンプ場になっていました。店員さんに聞けば今年の5月にリニュアールオープンしたそうです。海に面した岬にSUKUMOという英語の白いモニュメントが建っていました。有料キャンプ場なので雨の中テントが一張り張っているのみでした。周りの人に今日の日没時間を聞いてもちんぷんかんぷんでした。自称晴れ男の私ですが家を出てから宿毛までずっと雨がやんだり降ったりながら道の駅に着くとなぜか雨がやみ薄日が射してきました。本当は午後6時44分の日没を、しかもダルマの夕日を見たかったのですが、あいにくの天気とその時間には講演が始まる頃なので次の機会にしたいと思います。(道の駅宿毛の現地で書いたルポ記事です)

 

 

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〇私の辻説法の効果
 今朝小雨の中ながらいつものように1日1万歩を目指してウォーキングをしていると、1ヵ月前にウォーキングの途中に近所の人に出会った時のことをふと思出しました。その人は毎日家の近くを歩きまわる私と違って、退職後はお父さんがやっていた近くの菜園も手をつけず荒れ放題だし、健康維持のため歩くこともせず暮らしているので、最初は話が全くかみ合いませんでした。

 1ヵ月前立ち話ながら色々な話をしましたが、その中心は超高齢化社会がやって来て、嫌でも「100歳まで生きる時代がやってきた」という話でした。そこで私の持論である「1・10・100・1000・10000」の数字の話をしました。1=1日に一回はうんこをひる、10=1日に10人以上の人と出会って話をする、100=毎日100文字を書く、1000=毎日1000文字読む、10000=毎日1万歩を目指して歩くことを目標に私が実践していることを話しました。

 その人は間もなく誕生日が来ると75歳の後期高齢者になるのだそうですが、歳を重ねることや将来への不安でたまらないそうでした。退職後は夫婦で旅行にでもと思っていたのにいつの間にか2つ違いの奥さんの膝が傷んで悪化しそんな夢は吹っ飛んでしまったそうです。

 勿論パソコンなどやらないから未だにガラケー携帯電話ゆえデジタル環境はさっぱりのようでした。そこで自分に出来ることを毎日少しずつ積み重ねていくことを勧めましたが、78歳の私より4つも年齢が若いのに覇気がなく、80歳を超えた人みたいで多分話を聴いてもやらないだろうと思っていました。それがどうでしょう。今朝元気な姿で歩いているではありませんか。超嬉しくなりました。私のような下手糞な辻説法も効くものです。

「ウォーキング 途中におじさん 顔見知り 世間話に 花を咲かせて」
「1ヶ月 前の出来事 あれこれと 私の考え 話してみたが」
「下手糞な 話聞かせる 辻説法 ところがどうだ 今朝ウォーキング」
「超嬉しい 一人のおじさん 汗かいて 元気回復 おはようあいさつ」

 

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〇今朝は朝から大雨
 今朝は天気予報どおり朝から大雨が降っています。こんな日は家にこもっておとなしく過ごせばいいのでしょうが、予定では午後から新居浜市で講演会が予定されていて、出かけなければなりません。家を出るにあたり妻から「高速道路は危ないから地道をゆっくりスピードを出さないように運転してね」と、優しくも厳しく言って見送ってくれました。

 カーナビに新居浜市市役所を入力し、待ち合わせ時間の午前11時をセットし出かけました。雨は一段と激しくなりワイパーをマックスにしても見えにくい状態で、昼間なのにライトをつけて走りました。途中休憩をとり目標どおり市役所駐車場に到着すると、大原さんという先日わが家まで打ち合わせに来られた女性担当者から電話が入り、みんなと待ち合わせて市役所前の蕎麦屋で美味しい蕎麦をご馳走になりました。

その後親友である生涯学習センターの関所長を訪ねあれやこれやと楽しいおしゃべりをしました。その後講演会場となる市役所の隣にある防災センター5階に上がり、パソコンとプロジェクターにつないで持参したUSBメモリーを接続し、テスト映写をして準備をしています。(この記事は開場の講師席で開会までの休み時間を利用して持参したタブレットを使い現場で書いたものです。悪しからず・・・。

「今日は雨 しかも朝から 土砂降りで それでも講演 予定がありて」
「妻曰く 雨の高速 危ないと 地道で行くよう 注意を喚起」
「ワイパーを マックス状態 したけれど それでも前が 見えないほどに」
「現地にて 空いた時間を 利用して タブレットにて 現地ルポ記事」

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〇車に乗れなくなった友人、さて私は・・・
 私の友人は一人身です。ゆえにあれこれやりたいことをして、何かと制約のある私から見れば羨ましい限りな生き方だと思っていました。その友人が目の病気にかかり、その治療のため車の運転を当分見合わせると電話が架かってきました。

 住んでる所は公共交通機関がいくらでも利用できる松山だし、私のように車がないと不便な田舎者とは違って別に困らないだろうと思いきや、やはり長年車に依存して生きてきた者にとっては、遠出もできないしさてどうするか、思案中のようでした。

 ふともし私が同じように車に乗れなくなったらどうしようと考えました。幸い妻が先日免許更新を終えたばかりなので、私の手足になってくれるだろうと思ってはいますが、今までのように飛び回ることは出来ないだろうと思い始めました。

 家族からはもう歳だから「転ばぬ先の杖」としてそろそろ免許証返納も・・・と何かにつけて心配し、先日のような島根・山口への遠出などもってのほかで「事故でも起こしたら大変」ときつく言われました。自分では大丈夫と思って見ても確実に運転技術は衰えていて、益々言い訳の効かない年齢に近づきつつあるようです。困った困ったこまどり姉妹です。

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