shin-1さんの日記

○世界遺産を巡る旅から帰ってきました

 昨日と今日の二日間私たち13人の一行は世界遺産を巡る旅に出て、中国地方をマイクロバスで何と二日間に800キロも走ったのです。今夜は帰りが遅かったし長旅の疲れもあるので、加えてメールの受信数がやたらと多く、その処理が思いのほか時間がかかりそうなので、書き込みはこの程度にしてまた明日報告したいと思います。

 こう書いて昨日は旅の疲れか昨夜は久しぶりにぐっすり寝込んでしまいました。しかし世界遺産を訪ねる旅をルポしておかなければならないので、今朝から鈍くなった記憶を蘇らせて少しだけルポしておきたいと思います。

 世界遺産最初の旅は安芸の宮島でした。大野インターで下車し、交通標識に沿って走ると小雨煙る瀬戸内海が見えてきました。対岸の宮島は私にとって子どもの頃から見慣れた光景です。というのも私の生まれ育った下灘は漁村なので、新造船が進水しると必ずその年の夏には海の守り神である宮島さんか金毘羅さんへお参りに行く風習がありました。子ども心にこのお宮参りは、滅多に県外へなど出ない昔ゆえ憧れの出来事だったのです。大漁旗をなびかせて勇ましく走る新造船に乗せてもらってのお宮参りは憧れでした。親族郎党が打ち揃って神殿で神主さんに大漁や海の安全祈願をしてもらったりすることもさることながら、土産物屋さんに立ち寄って小銭を握りしめて買い物をしたり、船の中で子ども同士ではしゃいで過ごすひと時は至福でした。

若松進一ブログ

 桟橋付近の駐車場にマイクロバスを止め、そこからフェリーで宮島に渡るのです。わずか10分程度の船旅ですが、神の島であり世界遺産の島でもある宮島へ渡る間にどこか清新な心構えのようなものができるから不思議です。やがて進行方向に向かって右側に海の中に立つ宮島の象徴である朱色の大鳥居が見えてきました。干潮だと鳥居のすぐ傍まで行けますが、この日はあいにくの雨、しかも中潮なので近づくことができませんでした。

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 私たちの一行はまず昼時だったので昼食を済ませてからお参りしようという話になって、大勢の観光客でごった返しているため、できるだけ空いているお店へ入りましたが、これがまた富んだハプニングで、注文した名物のアナゴ丼が人数分揃わなく、やむなく5人はカキ丼に注文を変更しなければならないというお粗末さです。テポドン発射の話題もあってテレビをつけてほしいといえば写らなし、ティシュが欲しいといえばないというし、その後のバスの中での大笑いのネタになるほどの珍事でした。

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 神の島宮島はこの日あいにくの雨ながら、満開の桜に彩られたそれは美しい場所でした。特に朱色の神殿は周りの風景とマッチしてまるで夢の世界であり、平家物語の時代絵巻を見ているようでした。丘の上に立つ朱塗りの五重の塔も見事で、神仏混合の見事な配置です。
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 満潮時には海の上に浮かぶように建てられた神殿は長い長い廊下で結ばれていて、歩を進める度に替わる鳥居の姿が遠望できて、これまた素晴らしいの一言に尽きるのです。最近は国際色豊かになって、観光客の中には外国人の数も多く、「オーワンダフル、モアビウティフル」などを連発する言葉が何度も耳に聞こえました。
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 本殿の前の拝殿は潮が満ちてきても潮に浸からないよう一段高く出来ていて、そこから見る大鳥居もまた見応えがありました。幾度も災害に遭いながらかたくなに原形を保ち続けてきた日本の文化の凄さを垣間見ました。

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 本当はロープウェイで裏山にそびえる山頂まで登って春の瀬戸内海を満喫ししたかったのですが、残念ながら登っても眺望が効かないようなので諦めました。参道の沿道には土産物屋さんが軒を連ねていました。宮島といえばもみじ饅頭といわれるようにもみじ饅頭の店が圧倒的に多く、私たちも買うでもなく味見と称して出されている饅頭の切れ端を口ざとく賞味しながら冷やかし半分でぶらり観光客の群衆に紛れ込んで歩きました。

 知っていることもあってガイドさんを雇うこともなく散策しましたが、何処まで言っても千円という高速道路割引の影響でしょうか、岩国錦帯橋といい、安芸の宮島といい雨にもかかわらず予想以上の人手にびっくりしてしまいました。

若松進一ブログ(いやあ見事な桜でした)

  「土曜だと いうのに人の 数多く 群衆の中 ゆだねて歩く」

  「雨濡れつ 小鹿愛嬌 ふりまいて 餌をねだりに わが身寄りぬる」

  「遠近く 鳥居眺めつ 歩を進め 拝殿巡る 外人ともに」

  「雨濡れる 宮島もよし 受け入れて 桜の下で カメラ向けつつ」 

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shin-1さんの日記

○今日は広島をたって島根県石見銀山に向かいます

 世界遺産を訪ねる旅が昨日スタートしました。

 昨日は旅のついでに岩国錦帯橋を見学しました。山口県岩国市は対岸の街なので、私はこれまで何度か天下の名勝錦帯橋を訪ねていますし、錦帯橋の思い出は数限りなくあるのですが、記憶をたどっても桜の季節とか、雨の日の訪問などは見つからないようでラッキーでした。昨日はあいにくの雨にたたられましたが、雨も良しとばかり春雨に煙る岩国城を頭上に見て、錦帯橋の上を足元を気にしながら歩きました。車を止めた河川敷の駐車場から見ると、錦帯橋の上は行き買うカラフルなパラソルの群れが一列になって動き、絵になる光景でした。

 錦帯橋を渡り終わった広場は桜の花がほぼ満開で、桜やぼんぼりの下を道行くどの人も、さぞや雨を恨めしそうに思ったに違いありません。

若松進一ブログ (四連太鼓橋が清流鏡川に映える姿は絵になる光景です)

若松進一ブログ (橋の上をパラソルが行き交う姿も絵になる光景でした)

若松進一ブログ (普通桜は下から見上げるものですが、橋の上から見下ろす桜の花も見事でした)

 橋を渡ると周囲には岩国寿司やお土産物などを売る店が軒を連ね、雨のため呼び込みの人の声が恨めしく響いていました。武家屋敷周辺を散策しました。岩国錦帯橋周辺は城下町なので白壁の街が重厚なたたずまいを見せていました。

 (バスの出発する時間が近づき、末光さんが出発五分前だと知らせてくれたので、出発します。帰りは遅くなります)

若松進一ブログ (武家屋敷の中には重要文化財に指定されているものもありました。残念ながら時間がないので見学することはできませんでした)
若松進一ブログ (何気ない雰囲気ですがお堀にかかった橋も桜に映えて趣がありました)
若松進一ブログ (疎水施設の石垣から噴水状に放水されている姿も見事でした)

 私たちが子どもの頃から映画やテレビで幾度となく見ている巌流島の決闘に宮本武蔵とともに出てくる佐々木小次郎はここの出身らしく、燕返しという剣術に使われた長い刀を背中のさやから抜いた姿が銅像になっていました。同行の今回のツアーを企画してくれた佐々木さんと姓も同じなので記念に写真を撮ってあげました。

若松進一ブログ (佐々木小次郎の銅像とともに写真に収まった佐々木俊和さん)

 一行は前になったり後になったりしながら周辺を散策し、岩国名物の白蛇を見学しました。蛇はあまり好きでないので辞退しましたが、それでも統一行動ということで切符を買ってくれたため見学の列に加わりました。メラニン色素の関係で脱色した白蛇は、冬の冬眠から目覚めたように舌を出しながら怪しげに棒の上を這うように動いていましたが、雨にもかかわらず怖いもの見たさでしょうか、遠巻きの人の群れが途切れることはありませんでした。

若松進一ブログ (白蛇)

 再び往復通行券で錦帯橋を見返りつつ渡った一行はバスに引き返し、高速道路を走って次の目的地宮島を目指しました。

 ふと私は錦帯橋のすぐ傍のホテルで講演会に招かれた10数年も前の出来事を思い出しました。500人の聴衆を前に講演した折、一番前の席に座って私の似顔絵を書いてくれた一人の女性のことです。彼女は私の講演を聞きながら90分の時間内に3枚の色紙に似顔絵を書いてくれたのです。3枚だから3枚目、3枚だからサンセットなどと私のお株を奪うような駄洒落を言って聴衆を笑いの渦に巻き込みながらその色紙を私にくれたのです。これが退職後私の名刺やキャラクターとなって大活躍してくれようとは、書いた渡辺悦子さんも驚くことでしょう。
若松進一ブログ
 

  「錦帯橋 思い出幾つ 指を折る 雨や桜の 思い出増える」

  「カラフルな パラソル行き来 する姿 錦帯橋の 新たな魅力」

  「錦川 眼鏡のように 写さねど 心眼想像 向こう岸見ゆ」

  「この橋を 守る人あり 永久に これぞ日本の 美学なりけり」

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