○運の悪さを嘆くより運の良さを楽しもう
昨日畑に出て少しの間草削りをしました。今年は冬の寒さがきついようで、後ろに聳える牛の峰山には昨日降った雪が白く残っているようです。この時期はどうしても運動不足で体が硬くなったように感じるものですから、思い切って戸外へ出て農作業です。上下とも防寒のためのウインドブレーカーを着ているため寒さは殆ど感じず、作業が進むにつれて少し汗ばむようでした。畑では早くも春の草であるハコベが当り一面にはびこって、キャベツやブロッコリーの周りを覆っていました。
畑の雑草を削っていると、一本の綺麗な花を見つけました。わが家では抜いたり削ったりした雑草は畑の隅に作った囲いの中に入れて堆肥にして畑に還元していますが、その雑草の中で咲いているのです。名も知らない花ですが、細い茎を一生懸命伸ばして、冬の寒さに打ち勝つような健気さです。ふと私は思いました。もしこのはなが口がきけたらどんな話しをするのだろうと・・・・・。花になって話しを考えてみました。
運がいいと思う花の独り言
私は去年の秋、畑に大根の種を蒔く時、雑草とともに雑草置き場へ運ばれました。雑草は刈れましたが、その雑草を肥やしとして幸運にも生き延びることが出来ました。私の使命は花を咲かせて実を稔らせて子どもを作ることですから、少々寒くてもここでこうして花を咲かせているのです。幸運にも今日はご主人が鈍った体を鍛えようと雑草採りをしていて、雑草の中から私を見つけて口では言いませんでしたが立ち止まり「綺麗だ」と思ってくれたのです。私はご主人様が雑草を採っている姿を見て、「ああ、私の上に雑草が乗っかる」と諦めかけていました。ところが運は開けたのです。ご主人様は私に気がつき、雑草を被せるどころか私を愛でてくれたのです。私は思いました。こんな寒い日に仕事をしようとするご主人の、一本の鼻にも心を動かせてくれるご主人様の優しさを・・・・・。やがてご主人様は奥さんを連れて来て、「見てくれ、綺麗な花だろうが。こんな雑草置き場で、しかもこの寒い時期に咲くなんて」と褒めてくれたのです。私は何て幸運な花なのでしょう。
運が悪いと思う花の独り言
私は大根畑の隅で産声を上げました。ご主人様は私が畑で芽を出しているにも関わらずまったく気付かず、大根ばかりに気を取られ、私は他の雑草とともに汚い雑草置き場へ捨てられました。一緒に目を出した大根は大事に育てられ、今も美味しい大根として持て囃されていますが、私は結局ゴミでしかないのです。今日もご主人が私の側へ雑草の削ったのをどんどん持ってきて捨てて行くのです。ああ私の運命はこれで終りと覚悟しました。私に気付いたご主人様は、さも自分が咲かせた花であるような錯覚をして、私を奥さんまで連れて来て自慢するのです。冗談じゃあない。私が冬の寒さにも負けず自分の力だけでここまで生き延びて花を咲かせたのです。結局ご主人様は「野の花はそこに咲くから美しい」などと勝手な事をいって、私をほったらかしにして去って行きました。ああ私は何て運の悪い花なのでしょう。
この花を人間に例えると面白い物語ができそうです。私たちは運がいいとか悪いとか思って生きていますが、いつの間にか自分の運の悪さは社会や人のせいだと思う人が多いようです。毎日のように報じられる事件を聞く度に、運が悪いと思う人間不信がいかに多いことかと、嘆かずにはいられないのです。
運がいいと思う花の独り言がいえるような人間になりたいものです。
「冬なのに 雑草置き場の 片隅で 咲きし名もなき 花に気付きて」
「運などは 自分の心が 決めるもの 人や社会の せいにするなよ」
「運の尽き いやいや運が ついてきた どちらの運も 考え一つ」
「この花は ものが言えたら 何と言う そんな空想 馬鹿げた話」