shin-1さんの日記

○七夕飾りを造る

 双海町は今日恒例の夏祭りで、海をテーマに魚のつかみ取りやビーチサッカーが繰り広げられ大勢の人でごった返しています。本来は8月7日が七夕祭りですが、灘町地区では夏祭りに合わせて七夕飾りをするため我が家でも七夕飾りを造りました。結婚してこの方七夕飾りを造るのは妻の仕事と決め込んでいたため、七夕飾りがどうなっているのかさっぱり検討もつかぬまま、今日は妻から頼まれ孫と二人で七夕飾りに挑戦です。

 七夕飾りの笹竹は町内の公民館役員さんが朝早くから打ちそろい竹きりに行って全ての家に配布してくれるのです。問題は短冊や飾り物をどうやって調達しどうやって飾るかですが、まず馴染みの近所のお店屋さんに調達に出かけました。運良くご主人が在宅で昔のよしみでたくさんの飾りをタダでいただき、ホクホク顔で帰宅し、妻の用意した色紙などを切ったり張り合わせたり、文字を書いたりしながら2時間ほどで出来上がり、早速飾り付けです。本来ならシュロの葉っぱを割いて紐にするのですが近所にシュロがないため、タコ糸を使い笹に結び付けました。孫も見よう見まねで手伝ってくれ大助かりでした。

 これまでわが家の七夕飾りは2階のベランダにくくりつけていましたが、今日は孫の提案で玄関先へ飾る事にしました。丁度長男がやって来たところで孫と記念写真を撮りました。本当は写真に写すとブログを見ている人から「何だ、これでも七夕飾りか」と言われそうなので躊躇しましたが、思い切って載せました。

 ところが夕方の涼しい風が吹き始めると短冊が数個風に飛ばされて落ちたではありませんか。妻曰く「今年の七夕飾りはさすがお父さんと思ったのに、落ちるとはどういうこと」と叱責を買いました。無理もありません。前述のシュロの葉がなく、親父が工面してくれたナイロンのタコ糸で代用したから、結び目がゆるんで解け始めたのです。親父の忠告どおりなので文句も言えず、結局は別の紐で結び直して修理の羽目となりました。上手く行かないものです。

 更にもっと失敗は七夕飾りにはお供え物がつき物なのですが、それさえも忘れてしまいました。普通お供えはスイカやトウモロコシやナスなど夏野菜を七夕飾りの側に備えるのですが、まだ本物の七夕様にまでには間に合うので、今夜にでもお供えをしたいと思っています。

 七夕飾りなどの年中行事も時代の進展とともに次第にその姿を貸消そうとしています。私が覚えているだけでも、正月飾りや節分飾り、夏越し行事、お盆行事など数えればきりがないほどの年中行事が退化もしくは消滅の一途を辿っています。民俗学上からいうと寂しい気もしますが、仕方のないことかも知れません。伝え遺したい様々な日本文化をどうすればいいのでしょう。

  「七夕の 飾り短冊 書く文字に 孫の言葉が 殆ど並ぶ」

  「七夕の 飾り初めて 造ったが どうして良いやら 途方に暮れて」

  「玄関に 飾りし七夕 風に揺れ 平和な日々に 感謝しつつも」

  「お供えを 供え忘れて 笹飾り 願い事など 何処吹く風に」 



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shin-1さんの日記

○本当に届いた便り

 私は20年間も毎日ハガキを三枚書いています。「うそー」と言われそうですが本当なのです。お陰様で毎日朝晩ハガキを書くことが日課になっています。全国各地へ度に出ることが多い私ですが、その時はハガキに切手を貼って3枚×日数分枚数をカバンに忍ばせて出かけ、駅や飛行場ではこれまた20年間に渡って持ち歩いている木のカバンを移動机にしてハガキを書き投函するのです。何年もこんな作業をしているとよくしたもので郵便ポストのある場所が大体分るようになってきましたし、ホテルなどではまずい字で恥かしいのですが、フロントの方にお願いして出してもらったしています。

 私はハガキの効用を「小さな実践の積み重ね」の重要性について講演でよく話します。ですから今まで沢山の人が私の話を聞いたのでしょうが、何故かハガキをくれる人は少ないようです。それほど小さな実践は実を結ばないものなのです。私はめげることなく「1パーセント実践」を目安にしています。つまり100人に話してもそのうちの一人がハガキを書く勇気を持ったらそれこそ大したものだという気休めなのです。

 この事を面白おかしく話すものですから、時には時間がないため「私にハガキを書く勇気を実践してください。私には郵便番号と愛媛県・若松進一様で着ますから」というのです。ところがある集会で言った言葉を間に受けたまではよかったのですが、郵便番号を書かずに郵便物が迷って元の差出人に逆戻りしたそうなのです。私が幾ら有名人でもそれは無理だと思うのです。でも実は15年も前に本当にあった本当の話ですが、不思議や不思議、「愛媛県・若松進一」だけで郵便番号も書いていないのに、県外から手紙が届いたことがあるのです。多分その頃は四国郵政研修所の講師を務め度々郵便局員の前でお話をしていたので、中継局の担当の方が気がついて贈ってくれたのではないかと思うのですが、それにしても不思議な話で「お父さんあなたも有名になったものだねえ、愛媛県・若松進一で郵便物が届くのだから」と妻を驚かせたものでした。

 昨日届いた手紙はウチワに書かれた特別サイズのハガキです。埼玉県の方からですが、私の講演を埼玉県で聞いて「愛媛県・若松進一」だけで便りを出したそうです。ものの見事に跳ね返され戻ってきたそうですが、講演を一緒に聞いた龍前さんから住所を聞き出し戻った頼りも一緒に入れて今度は間違わずに私の元へ届きました。一度はあきらめかけていた便りに挑戦して届いた便りだけに何倍も嬉しくなりました。個人情報もあるのでしょうが、あえて実名を使い岡田和子さんの勇気ある行動に大きな拍手を送りたいと思うのです。

 私は早速ハガキをしたためました。ウチワで暑中見舞いですから私も負けじと、人間牧場に作ったロケ風呂、つまり五右衛門風呂を悠然と楽しむ次男と孫の写った写真をハガキにプリントして書きました。さて私のハガキは確実に郵便局員の手によって僅か50円の切手を貼っただけで埼玉県へ届くことでしょう。

 ハガキは「夢やロマンを運ぶ道具」だと思います。書かれた文字は私のようにたとえ下手糞でも、相手に届くと夢や創造が広がりろまんを感じるのです。私はこの20年間多くの方々から夢とロマンをいただきました。これからもそんな効果のあるささやかな実践を続けたいと思っています。

  「そりゃ無理だ 愛媛若松 書いただけ 元に戻って 再度挑戦」

  「俺も書く 暑中見舞いに 風呂ヌード 涼し過ぎたか 次男ブツブツ」

  「こないだも 宛名書かずに 投函し 郵便局から 電話ご注意」

  「雨の日も 風の日さえも 休みなく 20年間 続けしハガキ」

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