○いつの間にか背広とネクタイ
35年間も地方公務員と名のつく仕事をしていると、いつの間にか背広とネクタイが手放せなくなっている自分に気がつきました。役場に入った頃は背広とネクタイの日々が窮屈で、特にワイシャツにネクタイの出で立ちははいかにも様にならない雰囲気でした。一生こんな格好が続くのかと思うとまるで梅雨空のようにうんざりして気が滅入ったものでした。
ところがどうでしょう。一年二年と年月が経つにつれて背広とネクタイが何とか様になり、何処へ行くのにも正装に近い姿で行動をするようになっていたのです。そしてリタイアして早二年4ヶ月が経つというのに外へ出る時は必ず背広にネクタイを着用しないと何か可笑しい自分を発見するのです。最近はクールビズとかいう夏型の格好が流行って、集会に行くと偉い人がノーネクタイで私のような下っ端がネクタイを締めている珍現象さえ見られるのです。先日も生協の理事会に出席しましたが、理事長以下理事の方はみんなノーネクタイで、私一人がネクタイを着用していたものですから、理事長さんか気遣って「若松さんネクタイはしなくてもいいですよ」と言われ、時代に後れている自分を恥じました。でも何故か35年の積み重ねによる癖は直らず今日もネクタイを締めて集会に出かけよとしているのです。
私のは背広もネクタイも好みがあって、どれもこれもを満遍なく着こなすことはありません。何点かをまるで親の敵のように着たり結んだりするものですから、くたびれたりくすんだりしていますが、やはり愛着のあるものは使うように心がけています。35年間で作ったり買ったりした背広とネクタイは私専用の洋服ダンスにクリーニングをして行儀よくつるされていますが、もう十年も袖を通していないものは捨てようと妻が衣替えの度に提案するのですが、勿体ない世代に生きてきた私にはそんな勇気もなく今年も洋服ダンスの隅でひっそりとしています。
最近はカジュアルが普及し、役所でも毎週一回をカジュアルデーなどと銘打って普及を図っています。多分商店街や商工業者からの地域活性化への提案なのでしょうが、私は逆にカジュアルといえばさてどんな服装にしようかと、これまた悩むのです。私は自分の着るものは下着からワイシャツやカジュアルに至るまで全て無頓着で妻の言いなりです。言いなりといいながら「これは似合わない」とか文句をいって着ないものですから、選んで買ってきた妻はお店に行って変えてもらったり苦労も多いようです。妻曰く「あんたが気にするほど周りの人はあんたの事を気にしていません」と言うのです。納得納得です。
私は企画調整室や地域振興果など企画部門が長かったのですが、普通の町の企画部門だと背広にネクタイが普通の服装なのに、現場第一主義を貫いたため夏も冬もジャージを着て現場へ行きました。あるイベントの時ある女性から「若松さんは何時も同じ服装だね」と、批判とも取れる意見をいただきました。妻にその事を話すと「それ見たことか」と、早速私をデパートへ連れて行き洋服のコーディネートをしてくれました。私はこんな面倒臭いことが苦手なので逃げ帰り、妻と人もめした苦い経験があります。
病気入院手術を経てすっかりスリムになったため、私の背広は若い頃のも含めて合わないものは何一つなく全てOKです。「お洒落は自分だけでなく一緒に歩く私にとっても必要」といった妻の一言も耳にこびりついていますが、どうやら背広とネクタイ姿は死ぬ間際まで治らない私の病気かもしれません。
「ネクタイを 締めて出かけた 会合に 締めぬ偉方 こちら恐縮」
「ああ俺は 背広ネクタイ 姿から 脱皮も出来ぬ 変な病気か」
「あれ程に 窮屈だった ネクタイが 今では様に なるから不思議」
「カジュアルで 来いと便りに 書いてある さてさて俺は 何を着るのか」