〇庭のあちこちに見聞きできる春の足音
寒かった冬もやっと峠を越し、朝晩は少し冷たいものの日中は気温が15度近くまで上がり、いよいよ春本番といったところです。全国各地では昨日今日、例年より早く桜の開花宣言が出始めていますが、そ~と耳を澄ませるとまだ慣れない「ケキョケキョ」くらいの鳴き声ながらウグイスが鳴いて、春が来たことを教えてくれています。
寒かったり忙しかったりで、このところ庭をゆっくり見る余裕も暇もありませんでしたが、ふと気がつくと庭のあちこちには梅の花や椿の花が咲き、毒花ながら馬酔木と書いてアセビと読むスズラン房状の花も咲いていました。このアセビはもう30年も前、砥部町と旧広田村を結ぶ国道のバイパス道路工事の折、山の斜面を切り取る時、処分される運命にあった腕首ほどの大きさの自然木をいただいて帰り、育てた曰くのある木で、今では私の背丈以上の大きさになっていますす。
このようにわが家の庭木の殆どは、知人友人に貰ったもので、それぞれの木を見ながら木にまつわる懐かしい人たちの顔を思い出しています。その人の中には既に他界したり音信不通になった人もいますが、私の人生にとっては忘れ難い人たちなのです。
昨日ウグイスが木に止まって鳴いていた白梅の木は、今では3戸ほどで廃集落寸前となっている奥大栄の梅林から貰って持ち帰り、裏庭に植えたものですが、残念ながらこの家のご夫婦も亡くなり、娘さんが隣町に住んでいてかろうじて家系は続いているものの、住んでいた家は跡形もなくなくなりました。こうした気にまつわる思い出や物語も、私から息子に語るすべもなく、多分途絶えてしまうものと思われますが、これもまた人生でしょうか。
「鳴き慣れぬ ウグイスの声 ケキョケキョと 下手糞だな~と 言ってやりたい」
「昨日今日 桜の開花 あちこちで 日本列島 桜前線」
「あの木には こんな思いで あるんだと 思い出しつつ 顔々浮かぶ」
「梅の木を くれたおじさん 既に亡く 家も崩れて 無くて悲しや」