人間牧場

〇粋な人にはなりにくい

 「今年の冬はやたらと寒い」と感じるのは私だけでしょうか。そんな会話をすると決ったように相手から、「歳をとると寒さが一段と身に染みる」と反論されそうなので、余り口には出しませんが、最近まで下着も長袖でなくランニングで一年中通していた私も、ついに今では下着までユニクロで買ってもらったヒートテックを着ているのです。ところがわが家の今年42歳になる息子は、この寒い真冬だというのに、家にいる時は半袖シャツと半ズボンで通しているのです。そんな姿を見ているとこちらまで寒そうに、鳥肌が立つほどですが、当の本人はいたって平気で、毎朝戸外に出て木刀を振ったり自分流のエクササイズで体力増進に努めています。

 「粋」という言葉は私のような凡人には縁遠いと感じていますが、人並み外れた生き方をしている人のことを「粋な人」と呼ぶのであれば、芸者遊びや旅三昧、風流遊び等に現を抜かす人と同じように、寒さの中で寒さをどこ吹く風と思う生き方をしている息子も、ある意味はずれこしの「小粋な人」かも知れません。
 私も人様から見れば、少し変わった生き方をしていて、私は普通だと思っていますが知人から「粋な人」と呼ばれたことがあります。金持ちでもないのに貧乏どこ吹く風とばかりにボランティア活動に現を抜かして生きています。その最たるものは家の横に私設公民館煙会所や海の資料館海舟館を造ったり、家から少しはなれた海の見える場所に、隠れ家とも思える人間牧場を造って、結構楽しんでいるのです。

 「粋な人」とはどうやら、人様の目を気にせず人様がやろうとしても真似のできない遊びを、自分流で貫いて生きている人のことだと分ったつもりでいますが、まだまだ自分は「粋な人」=「遊び心を持った人」=「自分流を貫く人」には残念ながらなり得ていないようです。人は周りの人の目が気になるし、周りの人に勝ちたいと思うものです。また時代の進展に乗り遅れまいと色々思いを巡らせ手を出すものです。「超自我」の世界はそう簡単なものではないことを、「粋な人」を見て思うのです。でもそろそろ自分の限界を悟れるような年齢になったのですから、少しだけ「小粋な人」になってみようと思っています。「大」を目指すのはしんどいが、「小」なら私でも・・・。そんな考えをしながら迎えた正月一日でした。

  「寒いのに 半袖姿で 平気とは 粋な息子の 姿に感心」

  「凡人の 私小粋に 生きようと 思ってみるが 煩悩多く」

  「元旦は これから先を 生きること 色々思う そんな一日」

  「粋だねえ そんな掛け声 掛けられる ような生き方 目指してみよう」

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