〇梅雨の晴れ間
梅雨はジメジメして嫌だという人は多いようですが、見方を変えれば結構楽しいものです。私のようにリタイアしてサンデー毎日だと、雨の日には畑仕事もできないから読書や昼寝など、存分に骨休めができるのです。特にここだけの話ですが妻が仕事に出かけて留守なので、誰に文句を言われることもなく、自由で三昧な自由時間が持てて人間性の回復にすこぶる役立っているのです。
庭に置いてある鉢植えのアジサイが咲き始めました。丹精込めてとまではいえませんが、私が退職した時友人から贈られた珍しい品種のアジサイを、枯らさないように2度ばかり植え替えて今日まで、枯らさないよう育ててきましたが、今年は冬の寒さの影響でしょうか花芽がいつになく少なく落胆していましたが、ここに来て花を咲かせ始めました。雨に濡れて咲くアジサイはとても綺麗で、絵にでも描きたいような美しさです。妻が留守であることをいいことに、妻が愛用している赤いこうもり傘を取り出して広げ、長靴を履いて雨の中を外に出て、アジサイの花を一人観賞しました。傘の赤と深い藍色のアジサイは何とも風流です。
雨が降ると植物はイキイキとしています。雨に濡れた庭の青石は綺麗で植物の緑とよく映えます。わが家の庭は大まかな石組みは庭師さんが作ってくれたものの、木を植えたりそれらの手入れは親父が全てやってくれるため、本格的なものではありませんが、草木の一つ一つに思い出があって、それらを思い出すだけでとても楽しい気分になります。たとえば大きな庭石に這うようにへばりつけているシノブは、私が結婚する前、つまり40年も前に黒山に一人で登山しビバークした折、急峻な崖っぷちから採取したものなのです。毎年春になるとワラビの赤ちゃんのような芽が出て、夏は涼しげに秋は紅葉し、冬は落葉して深山幽谷を連想させてくれるのです。
一昨日と昨日は梅雨の晴れ間でした。梅雨の晴れ間は貴重なので人間牧場へ弁当を持ち込んで草刈り作業をしました。二日とも急な来客があって大した仕事はできませんでしたが、来週は相次いで人間牧場で3つも研修会がもたれる予定なので、とりあえず入り口付近の道沿いや間近に迫った青梅収穫作業のための草だけは刈ってすっかり綺麗に準備が整いました。
丁度今頃はわが家の私設公民館煙会所の窓から、あるいは東屋夕観所に座すと綺麗な自慢の夕日が居ながらにして鑑賞できるのです。この二日間は自慢したい夕景でした。梅雨もよし、梅雨の晴れ間もまたよしです。
「雨降って こうもり傘の 赤色が アジサイ藍と 見事にマッチ」
「雨もよし 梅雨の晴れ間も またよしと ポジティブ生きる これならできる」
「居ながらに して夕景が 美しく 梅雨の晴れ間を 一人楽しむ」
「この花は あの人くれた 思いつつ 今年も咲きし アジサイ眺む」