○鬼ヤンマとんぼが私の指に止まった
連日30度を越す暑い日が続いているものの、8月7日の立秋が過ぎた頃から、一日に一度夕立のような雨が降り始め、「えっ、何でこの暑いのに立秋?」と思った考えを、「やはり暦はよくしたものだ」と感心させられるこの頃です。三日三晩の夜露を取った梅干しの本漬け込みも、地下室への収納も、梅干しを造るために用意した樽やサナも納屋に片付け、すっきりして秋を迎えようとしています。
秋といえばとんぼと代名詞のように言われている季語小動物ですが、いつの間にか田んぼの稲が頭を垂れつつあり、その上を無数の秋アカネというとんぼが自由奔放に飛んでいて、「ああ、間もなく秋が近付きつつあるなあ」と季節の移ろいを感じています。
昨日書斎の掃除をするため吐き出し窓の戸を開け網戸も開けていると、何処からともなくそれは見事な大きい鬼ヤンマというトンボが部屋の中に入ってきました。驚くやら興奮するやらで直ちに網戸を閉め、久しぶりに背もたれ椅子に座って空中を飛ぶ鬼ヤンマの遊飛ぶりを楽しみました。数分して私が何気なく利き腕の右手を差し出したところ、鬼ヤンマは何を勘違いしたのか私の手の先に止まってしまいました。とんぼは私の手を「止っているよ竿の先」と勘違いし羽根を休めたに違いないのでしょうが、一瞬の出来事に思わず傍に置いているデジカメを左手で取り出し、馴れぬ手つきでまず一枚撮りました。利き腕でないため最初の一枚は失敗したので慎重にストロボを消し、何とか撮影に成功しました。「おいとんぼ、もう一度左手に止まり変えてくれないか」と心で念じ、左手を出し変えると、とんぼはまるで私のいう言葉が分ったのか少し飛んでまた私の左手に止まり変えました。こうなれば占めたもので、何枚か写真を撮り鬼ヤンマとんぼの特徴である黄色と黒の縞模様をバッチリ撮りました。
(撮影に協力するように左手の薬指に止り変えてくれた鬼ヤンマとんぼは、その特長である黒と黄色の縞模様がくっきりと見えました)
鬼ヤンマが家の中に入ってくることは、田舎がゆえに珍しいことではありません。これまでにも人知れず何度か家の中を飛び回る鬼ヤンマを網を持って追いかけ、捕まえようとした事はありました。また知らない間に鬼ヤンマが家の中に入り込んで出れなくなり網戸の下で死んでいる姿も発見したこともあります。それにしても鬼ヤンマが私の手に自然に止ったというのは驚きです。私は生きる屍なのかと苦笑したりもしましたが、私を自然の一部と勘違いしたとんぼを褒めてやりたい心境になりました。
昔竿の先に止っているとんぼを目を回らせて捕まえようと試みましたがとっさに逃げられて失敗した経験があるので、早速実験してみました。右手をとんぼの目の前でグルグル回してみましたが、とんぼは涼しげな顔をして動かないのです。余程私の手の指先の以後ことが良かったのでしょう。撮影会も無事終わり手の先から離そうと尻尾を持ったら、あの鋭い歯でガブリと噛まれてしまいました。やがて網戸を開け放してやると鬼ヤンマは勢いよく羽根を動かせ青空に向って飛んで行きました。
「若松進一君、今日は暇か?、じゃあ少し遊び相手になってあげよう」といわんばかりの数分間のとんぼとの不思議な出会いは、一服の清涼剤のような清々しい気分となりました。「ああ、自然豊かな田舎に住んでいて良かった」と思ったものです。
残暑はまだまだ当分は続くでしょうが、とんぼが指先からくれた小さなエネルギーを、噛まれた傷跡に感じながら窓越しに空を見上げました。モクモクと湧き上がる夏の積乱雲が真っ青な空に浮かんでいました。遠くで雷の音がして、小雨がパラパラ降ってきました。外で親父の所へ顔見世に来ていた弟勝彦が、「進兄ちゃん、干した布団が濡れよる」と大声で叫んでいて、その声でふと我に帰り「しまった、妻に布団の取入れを頼まれていた」と思い出し、急いで二階のベランダに駆け上がりました。殆ど濡れなかったのですが、何と布団の上に先ほどとんぼかどうか定かではありませんが、とんぼが止っているのです。「指先の次は布団とは」と感心しながら、布団を取り込み、とんぼも何処かへ飛んでいってしまいました。
「網戸開け いきなり入る 鬼ヤンマ 黒黄まだらで 指先止る」
「左手で デジカメ操作 とんぼ顔 バッチリ写真 収め嬉や」
「長閑なり 田舎の夏の 昼下がり とんぼ指先 羽根を休める」
「指先に とんぼが噛んだ 傷の跡 元気注入 エネルギー感じ」