○ハンコ下さい
「こんにちは」。宅配便です。ハンコをお願いします」。「今はハンコが見当たらないのですが」。「サインでも結構です」。「そうですかじゃあサインを・・・・・」と、こんな会話はごくありふれた光景です。私も役所に勤めている時代から、ハンコは一個と決めていましたが、ある時コンクリートの上へ落としてハンコがかけてしまったものですから、少し大きめのハンコを買い求めました。別に縁起を担いだわけではありませんが、開運印なるものをセールスマンから買ったのです。その日から不思議なパワーがみなぎって運が開け・・・・なんて一代出世はしませんでしたが、まあまあな人生を過ごしているのですから、開運印のお陰だと思えば、百金市では百円で立派な三文判が買える時代でも8千円の投資は安いものだったと思えるのです。
普通の人間だとかけた印鑑は効力を発しないと思うでしょうから、私も捨てようと思ったのですが、若い頃から長年使った印鑑に愛着もあって捨てきれず、引き出しの隅にしまったままでした。
最近のことです。妻に内緒で少しだけのへそくりを定期預金にしておりましたところ、銀行からメールが届き定期預金が満期日となったので手続きに来るよう書いてありました。定期預金のことなどすっかり忘れていた私は思わずうれしくなって現在使っているハンコを持って銀行の窓口に行きました。
「お客様、このハンコはお届けのハンコと違いますので手続きが出来ません」と女性の銀行員が言うのです。丁度顔見知りの支店長がカウンターの向こうで見えたものですから「本人が来ているのだから間違いないのでお願いします」と言っても「規則は規則ですからとこればっかしは」となだめられました。マニュアルをしっかりと説明しながらハンコが違えば出せないし、ハンコを変えるには改印届けが必要と懇切丁寧に教えてもらったのですが、多少不満を言いながらそのまま帰りました。
どんな印鑑だったか記憶にないので陰影を見せてもらっていたので机の引き出しを捜していると、あのかけた印鑑が出てきました。陰影もピッタリなのですが銀行に行くとまた文句を言われそうで気が滅入りました。それでもその印鑑しか思い当たる節がないので窓口に持っていったところ「このハンコです」と認めてくれ全額引き出しました。さっきのむしゃくしゃも懐の温もりがそうするのか吹き飛び、少ないながらへそくりに利子がついて嬉しい日となりました。
サインが一番の外国に比べ、日本は相変わらず今でもハンコが大切です。役所に勤めた人なら分りますが、日本の役所はハンコ行政といって中身を熟知しようがしまいが、ハンコさえ揃えば決済が出来るのです。それにしてもかけたハンコがこんなに役に立つとは思ってもみませんでした。さてこのハンコどんなに始末しようか、迷っています。
「取っていたかけたハンコが役に立つお陰でへそくりわが懐に」
「三文判押せば宅配帰り行く日本はハンコ大きな力」
「同じよな印でも微妙に違います銀行凄い陰影見抜く」
「マニュアルの通りに動く銀行員それでも失敗だます人あり」