shin-1さんの日記

○ブログの新しい記事が書けない

 今朝思わぬハプニングに冷や汗が出ました。早朝4時に起きて書いたブログ記事を保存しようとした途端その記事が消え、エラーを知らせる画面に変わってしまったのです。その原稿をバックアップしようとしたのですが思い通りにパソコン画面が動かず、ついにそのブログ原稿は幻となって記憶の彼方に消えてしまいました。こんな時職場だとパソコンの手馴れた職員に助け舟を出しては復帰していたのですが、今回は息子も留守で聞くことも出来ず、ついには断念すべく電源を切ったり復元したりしていると、2時間ほど経ったころ、突然ブログのトップ画面が出てきたのです。ヤッホーと言わんばかりの嬉しさでした。早速記事を書き込んだのですが、今朝間幻となった記事は、私だけの秘密の記事として心にしまっておきたいと思います。

 しかし今日のようなトラブルがあったとき、私のような浅知恵では到底対応が出来ません。トラブル解決能力、つまり危機管理能力の低い者や応用が出来ない者は、結局何の役にも立たないのです。最近愛媛県でも県会議員さんのパソコンに何ものかのウイルスが進入し、個人情報が流出したことが新聞に載り話題になりました。顔見知りの議員さんなので同情もしますし。、決して悪気が合ってやった訳ではなく、むしろ盗んだ方を攻めるべきなのでしょうが、盗まれた人が鍵をかけなかったことが責められる世の中なのです。

 私のブログは、オープンですし、このオープンがブログの魅力なのでしょうが、私のブログを読んでいる娘から「お父さんのブログは個人名などが出過ぎるので、気をつけるように」お叱りを受けました。そういえばそうだと納得もして匿名などで書いていますが、やはり臨場感がなく味気ないものになってしまいます。まあ私のブログなどビールの栓のようなもので、抜いてしまえば必要もなく燃えないゴミにも分別してもらえない悲しい運命の記事ですから、余り気にもせず書いてゆきたいと思います。

 先日役場のことについて書いた記事は、相変わらず役場の人も気づかずままで聞き流し情報となって、ホッとするやら悲しいやらです。「あんな記事なぜ書いたのか」と怒られなかっただけでもよしとすべきでしょうか。昨日役所で自治会長会があり、帰り際かつて部下だった職員が「若松さんブログ見てますよ」とこっそり耳打ちしました。ああやっぱり読んでいるのかと嬉しくなりました。

  「パソコンも鳥と一緒でウイルスにかかると聞いてどんな薬を」

  「パソコンの画面滅茶苦茶故障した俺の頭と同じ姿に」

  「若松と書いて検索驚いた出るわ出るわで五百を越える」

  「わがブログビールの栓のようなもの抜けばゴミですみ向きもされず」

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shin-1さんの日記

○ハンコ下さい

 「こんにちは」。宅配便です。ハンコをお願いします」。「今はハンコが見当たらないのですが」。「サインでも結構です」。「そうですかじゃあサインを・・・・・」と、こんな会話はごくありふれた光景です。私も役所に勤めている時代から、ハンコは一個と決めていましたが、ある時コンクリートの上へ落としてハンコがかけてしまったものですから、少し大きめのハンコを買い求めました。別に縁起を担いだわけではありませんが、開運印なるものをセールスマンから買ったのです。その日から不思議なパワーがみなぎって運が開け・・・・なんて一代出世はしませんでしたが、まあまあな人生を過ごしているのですから、開運印のお陰だと思えば、百金市では百円で立派な三文判が買える時代でも8千円の投資は安いものだったと思えるのです。

 普通の人間だとかけた印鑑は効力を発しないと思うでしょうから、私も捨てようと思ったのですが、若い頃から長年使った印鑑に愛着もあって捨てきれず、引き出しの隅にしまったままでした。

 最近のことです。妻に内緒で少しだけのへそくりを定期預金にしておりましたところ、銀行からメールが届き定期預金が満期日となったので手続きに来るよう書いてありました。定期預金のことなどすっかり忘れていた私は思わずうれしくなって現在使っているハンコを持って銀行の窓口に行きました。

 「お客様、このハンコはお届けのハンコと違いますので手続きが出来ません」と女性の銀行員が言うのです。丁度顔見知りの支店長がカウンターの向こうで見えたものですから「本人が来ているのだから間違いないのでお願いします」と言っても「規則は規則ですからとこればっかしは」となだめられました。マニュアルをしっかりと説明しながらハンコが違えば出せないし、ハンコを変えるには改印届けが必要と懇切丁寧に教えてもらったのですが、多少不満を言いながらそのまま帰りました。

 どんな印鑑だったか記憶にないので陰影を見せてもらっていたので机の引き出しを捜していると、あのかけた印鑑が出てきました。陰影もピッタリなのですが銀行に行くとまた文句を言われそうで気が滅入りました。それでもその印鑑しか思い当たる節がないので窓口に持っていったところ「このハンコです」と認めてくれ全額引き出しました。さっきのむしゃくしゃも懐の温もりがそうするのか吹き飛び、少ないながらへそくりに利子がついて嬉しい日となりました。

 サインが一番の外国に比べ、日本は相変わらず今でもハンコが大切です。役所に勤めた人なら分りますが、日本の役所はハンコ行政といって中身を熟知しようがしまいが、ハンコさえ揃えば決済が出来るのです。それにしてもかけたハンコがこんなに役に立つとは思ってもみませんでした。さてこのハンコどんなに始末しようか、迷っています。

  「取っていたかけたハンコが役に立つお陰でへそくりわが懐に」

  「三文判押せば宅配帰り行く日本はハンコ大きな力」

  「同じよな印でも微妙に違います銀行凄い陰影見抜く」

  「マニュアルの通りに動く銀行員それでも失敗だます人あり」

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shin-1さんの日記

○高知県はまだ遠い

 先日群馬へ行った折、群馬の方から「四国へは行ったことがないので分りませんが」と前置きされて、「愛媛県の位置や特徴を教えてください」と言われて愕然としました。それもそのはず、私たちが逆に「群馬県へは行ったことがないので分りませんが」と前置きされて「群馬県は関東のどの辺りの位置で特徴を教えてください」と言っているようなものです。私のように旅慣れているものでも、群馬県の位置を正確には伝えられないし、群馬県といえば「かかあ殿下と空っ風」や、草津温泉くらいしか思いつかないのです。

 逆に「あなたは愛媛で連想するのは何ですか」と逆に質問すると「みかんと道後温泉」くらいしかとっさには浮かばないのです。県外の人が左様な程度ですから愛媛県の位置など高知県とダブったりするんは当然なことでしょう。

 一昨日高知県須崎市の生涯学習フォーラムに招かれて出かけました。須崎市へは高速道路を走るとまるで逆方向へ行くようにいったん香川県境の川之江ジャンクションまで走り、南国・高知を過ぎて須崎インターで降りると2時間半くらいで到着するのです。私が選んだコースは一般国道197号でした。双海町を出発し長浜経由で大洲に出ます。大洲から197号に入るとあとは一本道で、日吉・梼原・葉山を経て須崎へと入ってゆきます。車のメーターをゼロにしてスタートしましたが150キロ足らずで約2時間半かかりました。つまるところ高速道路でも一般道路でも同じ時間で到着するのです。現代はスピードが求められるため殆どの人が高速道路を使います。県庁所在地の高知市へ行くのには高速を通ると2時間、国道33号を通ると3時間ですから普通は早いほうを選ぶでしょうが、須崎へはわざわざ高い高速道路の料金を払うこともないので、いつもその道を撰んで走ります。途中には最後の清流といわれる四万十川の流れや沿線市町村の長閑な佇まいが見えるので、いい旅気分を味わえます。

 それにしても四国も広いですね。私の町からだと高知県足摺岬だと4時間、室戸岬は高速道路を使っても4時間はかかります。それでも山や谷や峠を縫うように曲がりくねった道を走ったその果てに見る太平洋の広さは何といっても高知の魅力です。おおらかな高知人の気質も坂本龍馬のファンの一人としては大好きです。昨日の集会に吉本さんという若くて素敵な女性の方が講演を聞きに来ていました。バレンタインチョコをいただきましたが、彼女は昨年私の町へ視察研修に来た折知り合いました。手紙や写真のやり取りの中にもしっかりとした主張が感じられました。わたしには吉本さんのように行く先々で知り合いがいて、その人たちと交流するだけで心が和み、旅の疲れなどどこかに吹っ飛びます。人生も旅もまさに出会いの連続なのです。

 須崎市は合併をしない生き残りを選択しました。公務多端の折にもかかわらず、講演先までわざわざ私を訪ねてこられ、硬い握手をした須崎市長さんの手の温もりが今でもこの手に残っているようです。土居課長が自らに課した「今晩の集会は100人集める」公約は殆ど100パーセント達成されていました。その意気込みが生涯学習にとって今一番必要なパワーなのかも知れません。

  心温められて、須崎からカーナビの画面に写る150キロの元の道をただひたすら一人で走り、12時前にわが家へ帰って来ました。「ただいま」。「お帰りなさい」と妻の元気な言葉が出迎えてくれました。

  「四国だといえど行くのに3時間ゆっくりのんびり旅を楽しむ」

  「悠久の時を流れる四万十を横目見ながら目指す海原」

  「この道はいつか来た道思いつつ一人分け入る峠の小道」

  「あちこちの峠越えればまた一つ美味い物ありそれも楽しみ」

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