○親子への話は難しいものです
毎日仕事であくせく働いていると(自由人ですから講演等が仕事といえるかどうか)、勤めていたころに比べ曜日の感覚が余りありません。「今日は日曜日」だと言われても、サンデー毎日の私にはあまりピンと来ないのです。かつては日曜日が待ち遠しい感じがありましたが、今は日曜日なんて何の意味もないのです。
今日は日曜日ながら、市内の北山崎小学校の子育て講演会に招かれました。何気なく講演依頼に応じていたのですが、出発間際になって講師派遣申請を見たら、何と小学校5・6年生もPTAの皆さんと一緒に話を聞くようになっているではありませんか。少々驚きましたが仕方がないこととあきらめて学校へ出掛けました。これまでにも親子で一緒に話を聞く企画は何度もありましたが、話す本人としてはこれが中々難しいものなのです。親のレベルに合わせると難し過ぎるし、子どもに焦点を当て過ぎると少し幼稚だし、どっちを取ればいいのか本当に迷ってしまいました。
それでもやはり子どもを中心にしなければならず、そんな話に終始しました。幸い学校側がワイヤレスマイクを一本用意してくれていたので、子どもにインタビューしながら1時間程度の話を組み立てました。最初は私のインタビューに多少たじろいでいた子どもたちもそのうち心の扉を開いてくれて、活発なやり取りが出来ました。校長先生の話によるとこの学校でも年々生徒数が減少しているらしく300人余りの児童ですが、各学年2クラス合計12クラス、全て40人学級以下だそうです。講演会終了後花束までいただき学校を後にしましたが、迎え方送り方にほのぼのとした温かさを感じました。
その後所用を終えて家に帰ってインターネットを開いてみると、参加したある女性から素敵なEメールが入っていました。私の話を聞いての感想ですが、こうして反応があるのはとても嬉しいもので、早速お礼のメールを送りました。いやはや便利になったものです。
子どもにとって私の話はどう感じたのだろうと少し気がかりです。まるでNHKの「課外授業」ばりのざっくばらんな授業だったので面食らったところもあるでしょうが、日ごろ聞いている先生方の話とは一味違う話に興味を持ったことは体感反応として感じました。
「5・6年子ども相手に授業するまるで蜂の巣みんな元気だ」
「君の夢マイク向ければサッカーの選手なりたい言う子どもあり」
「この子らは100年生の木と同じ残った人生あと80年余」
「ふと漏らす会長リストラされるとは世の中厳し雪の重みか」
SECRET: 0
PASS:
先日は、お休みの所?(毎日サンデーの先生にはこの表現は不適切かもしれませんが…)元気の出る話をありがとうございました。今日など私は、何かにつけ「若松先生もおっしゃっていただろう。がんばれ!」と言って子どもたちを焚きつけていました。その子どもたちの多くが講演の感想として書いたいた内容は、「若松先生がきれいだという双海の夕日を自分も見てみたい!」同じ伊予市の子が書く内容としては少し違和感を覚えたのですが、5年社会科の教科書にも紹介されている「たちどまる夕日」を意識して見ておかなくてはという気持ちが子どもたちの中に起こったのではないかと思います。
さて、私は子どもたちのいる教室の窓から、毎日、明神山を眺めております。ここに勤め始めて6年になりますが、何度か子どもたちを連れて明神山や隣の秋葉山に登ったことがあります。秋葉山の頂上には岩鼻があってそこから足下に見える翠小学校はマッチ箱のように可愛く、谷の向かいに見える双海の牛の峰、中山の秦皇山はそれぞれの守り神のようです。新伊予市ができて1年。双海、中山、伊予の子どもたちがそれぞれのふるさとから自分の足で歩いて、明神山の頂上に集うイベントを実現したいと思っています。しかし、残念なのは、三角点のある明神山の頂上の見晴らし(特に伊予灘側)が悪いということです。あの立派に育った杉や檜を切ったらなんて言うと持ち主の方にしかられるかもしれませんが、切った丸太で櫓を組んでみんなで新伊予市の全貌を眺めたら最高!と思うのですが。明神山の頂上には、戦時中、伊予灘上空を飛来する敵機を監視する塔が建てられ、今はコンクリートの基礎のみが残っています。そこに、今度は未来を眺望する平和の櫓を!と思うのです。これが、私のX計画。若松先生のお話をうかがい、是非先生に伝えたいと思った次第です。ありがとうございました。