○シップを張る
私の毎朝の日課は、朝起きると同じ敷地内の隠居家を訪れ親父の機嫌を伺う事からから始まります。春夏秋冬夜明けの時間は異なりますが、親父は一貫して毎朝5時には起床しています。漁師だった親父は漁に出てた頃は漁村でも早起きの部類で、誰よりも早く出漁していましたので、その頃から比べると遅くはなりましたが、5時過ぎにはテレビの音が離れた私の部屋にも伝わってくるほど早いのです。早寝早起きをモットーにしている親父の影響は、親父の早起きの姿を見ていたからかも知れません。
「じいちゃんおはよう」と耳の遠い親父に声を掛けると、「何っ」と問い返してきます。私は「じいちゃんおはよう」と同じ言葉を二度繰り返すのです。一見面倒くさい感じもしますが、これが親父と私のコミュニケーションのとり方なのです。
若い頃大病を患った父も最近までは元気に暮らしていましたが、さすが88歳の老域はいかんともし難く、あちらこちらが痛いと訴えるようになりました。特に腰は毎朝病院で作ってもらったコルセットを巻いて重装備の出で立ちですが、毎朝この腰に病院からもらったシップの張り薬を2枚張るのは私の役目なのです。
昨日までのように寒い日は冷シップを調節肌に張るとまるで冷蔵庫に入ったような冷たさで、身震いしていますが、それでもこれが健康のためと我慢しています。また私が昨日までのように少々長く旅に出ると、家内に張ってもらうようですが、息子の嫁とはいいながらさすがに異性を意識するのか気がねがあるようで、「進一は何処へ行ったのか。いつ戻ってくるのか」と妻にしつこく尋ね私の帰りを待っているようです。
歳をとっての隠居生活は時々不安になるようで、目や耳が不自由になったためか、枕元には病院、息子、娘の電話番号を大きく書いて、いつでも電話できるようにしています。面白いのはその大書した電話番号の中に鯉屋さんの番号もあります。池で飼っている鯉の救急病院とでも言うべきなのでしょうが、自分の病気と鯉の病気を同じに考えているのです。
これからも寸暇を惜しんで親父の隠居を覗いて世話をしてやろうと思っています。
「寒い朝シャツを上上げシップ張る思わず身震い父の背中が」
「今朝もまた少し縮んだ父の背に手を暖めてシップ張るなり」
「米食って八十八の米寿まで乗り越え生きた人生立派」
「テレビ音ボリュームいっぱい賑やかにまるで劇場だのに一人で」