shin-1さんの日記

○ヒーローが一転奈落に

 世の中はつくづく何が起こるからないと思います。郵政民営化で小泉自民党が大勝したと思えば一転、年金問題で阿部自民党は結党以来の大敗で、参議院では議長も出せない逆転現象が起こりました。マスコミの力を借りた追い風で小沢民主党は勢いづいていますが、こんな現象がいつまで続くのか、これも先行き不透明なのです。阿部総理が誕生した時は政界のプリンスなどと持てはやされ、「美しい国日本」をスローガンに登場したヒーローの出現に国民は新しい日本の姿を感じたに違いありません。ところがどうでしょう1年も経たないのに民意を無視した居直りで続投とどこもかしこも阿部総理の悪口でいっぱいです。

 私の友人に鳥取県日野郡江府町で町会議員をしている田中さんという方がいます。何かにつけて古くから親交があり、手紙や電話で様々な時事問題を話し合う間柄なのですが、今日届いた暑中お見舞いのはがきには、歴代総理の名前が丹念に調べて書いてあり、興味を持って読みました。

 岸信介(60)、池田勇人(60)、佐藤栄作(63)、田中角栄(54)、三木武夫(67)、福田赳夫(71)、大平正芳(68)、鈴木善幸(69)、中曽根康弘(64)、竹下登(63)、宇野宗佑(66)、海部俊樹(58)、宮沢喜一(72)、細川護照、羽田孜(58)、村山富市(70)、橋本龍太郎(58)、小渕恵三(61)、森喜朗(62)、小泉純一郎(59)、阿部晋三(52)と就任年齢を比較するといかに阿部総理が若いかが分るのです。若いということは若さへの期待と経験不足への不安が必ず交錯します。今のところ民衆は若さ露呈に傾いた批判を繰り返しているようですが、もう少し様子を見ないと若さへの期待は見えてこないような気もするのです。

 最近の報道でもう一人ヒーローから奈落の人がいます。大相撲横綱の朝青龍です。先日終わったばかりの名古屋場所では逆転優勝しさすがと世間をうならせたものですが、体調が悪いので夏巡業を休みモンゴルに帰国してサッカーをしていることが問題になって2場所の出場停止という重い謹慎処分が下され、国内では当然、モンゴルでは重過ぎると、両国間の外交問題にまで発展しようとしているのです。モンゴルでは英雄扱いされ、朝青龍のファミリー企業が活発な事業展開していることもあって、病気謹慎中の主役不在でマスコミがかなり熱を入れて騒いでいるようです。

 阿部総理も朝青龍もある意味での頂点を極めた成功者です。判官びいきの日本ではこうした成功者にはやっかみもあってか、かなり厳しい目で見られがちです。別に阿部総理が悪いから年金問題が起こった訳ではありません。しかし総理と名がつくと結果的には人の不始末、世の中の悪さえも責任を被らなければなりません。朝青龍だって長い間一人横綱として斜陽化する大相撲を支え続けてきたではありませんか。人の世の厳しさも時には必要でしょうし、阿部総理も朝青龍も自戒の念を持って事に当たらなければならない部分もあるようですが、心機一転日本の政治と日本の国技のために再起して欲しいと願っています。

 鳥取県の町会議員田中さんからの一枚の暑中見舞いが、お盆休みということもあってこの日3本目のブログ記事となりました。田中さんは本文の中で「地域格差の拡大」と「ふるさとは遠きにありて思うもの」という問題提起をされていました。確かにサービスの質も量も低下させない事を公約に始めた郵政民営化は、地方の郵便局から人の引き上げが行われ、地域格差は益々増大しています。またこの数年で200を越える集落が日本の各地で消え、限界集落の増加で遠きにありて思えない惨状だとも訴えています。

 いいまちを作りたい。これは誰もが考えることですが、今日本の田舎は社会の発展に逆行して後退の道を進ん

でいるように思えてならないのです。

  「一枚の 見舞い葉書に 込められた 田舎が故の 厳し現実」

  「議員なら こんなアクション 起こしてよ 近い議員に 言うてやりたい」

  「阿部さんも 朝青龍も 苦しんで 今年の夏は 暗き話題が」

  「ヒーローが 一転奈落 嫌だねえ ヒーローでない 俺は落ちない」 

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shin-1さんの日記

○石垣

 わが家には人の積んだ石垣が100メートル以上にわたって続いています。この土地を手に入れる前からあった田んぼの石垣は長い風雪に耐え今でも堅牢で、後に敷地拡大のため積み上げたコンクリートブロック積みに比べるとひ弱そうに見えるものの、何処か懐かしく感じられる田舎の風景なのです。この他にもわが家の周りは古い石積みと親父がついた石積みがあちらこちらにあって中々面白く私としては気に入っています。

 つい最近は伝統的な石積みが単価の高さや資材入手の困難さそれに技術者の不足でどんどん姿を消して、コンクリートやコンクリブロックが主流になってきました。スプリットンと称するコンクリブロックを人工破断して擬似的に石に近づけようとしていますが、大小の形だけは真似るすべもなく、結局は同じような画一的となってしまっているのです。

 石垣といえばお城の石垣を思い出します。風林火山の武田節に出てくる「人は石垣人は城」を髣髴するように、上を見上げると反るように積み上げた石垣は当時の為政者が威信をかけ、領民に命令して造ったのでしょうが、そんな石垣も立派ながら、名もなき庶民たちが暮らしの中で造った石垣もまた城の石垣に勝るとも劣らぬ芸術品だと思うのです。

 石垣は石のクセ組みだとしみじみ思います。人工的なブロックとは違い自然石は姿かたちもバラバラで、その石を積み上げてゆくことは容易ではなく、かなりの熟練がないと積んだ石垣が脆くも崩れてしまうのです。石積みの工法には矢積みなど伝統的なものが地域の特性として残っていますが、多分石は重いためそんなに遠くへは運べなかったため、その地域の石の性質によって積み方の特長が生まれたものと考えられるのです。

 わが家の石垣はさして特長のあるものではありません。多分田んぼを造るときに畑の中から出てきた大石小石を拾い集めて畑内処理したものでしょう。そのため近所の岩盤とよく似た茶色の安山岩系のようです。それでもこの石の数たるや相当なもので、今の工事費に換算するとかなりの資金が投入された計算になるのです。

 石垣は手入れをしないと長持ちしません。石垣が古くなると石と石のすき間にコケや土分が溜って、そこに草や木が無数に生えてくるのです。昨日裏庭の7唐メートルの短い石垣の草取りをしました。高さ1メートルにも満たない細長い石垣ながらキャリーに3杯分もの草が生い茂っていたのです。石垣の中ほどには薮椿の木が石垣に自生し、もう腕首ほどに生長していて、草取り掃除の度に勿体ないと遺しておいたので、今では親父の剪定で春には真赤な椿の花を楽しむことが出来るのです。

 人の思いや苦労によって造られた石垣は日本の財産、わが家の財産です。住む人が絶えればあれ程強固な石垣ですら名もなき植物の根によって壊されてゆくのですから自然の力は凄いです。今日本の田舎はどんどん住んでいる人がいなくなって石垣が崩れようとしています。この石垣を造ったのも人ならばこの石垣を守るのも人なのです。人地自然の調和なくして美しい国日本は次世代に残せないのです。

  「石垣が 崩れしままの 田舎行く  住む人絶えて 寂しかりけり」

  「石一つ 一つに人の 技ありて 名もなき人に 思いを馳せる」

  「細長き トカゲ一匹 出入りする 石垣住家 熱射を避けて」

  「上手いこと 積んだもんだと 感心し 草取り作業 汗が噴出す」


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shin-1さんの日記

○迎え火と送り火

 本家の長男の家に生まれると年中行事や仏事があって何かと忙しいものです。長男の私は外に出る機会も多く、本家の長男という意識はあってもそれ程年中行事や仏事に振舞わされることはありませんが、長男の嫁たる妻は嫁いでからこれまでの30年余り、年中行事や仏事のその度に厳しい田舎の目としつけが重圧となってのしかかってきたに違いないのです。30年も経つとそれは当たり前のように身体に染み付いて何のわだかまりもなくこなしているように見えますが、長男に嫁を迎えたことやその長男が同居する話が持ち上がる度にそれらわが家の伝統行事を長男の嫁にどう引き継ぐのか、これまた厄介な出来事として頭を悩ませるのです。

 わが家では今年の秋、母親の7回忌を迎えます。そのため妻はそのことが頭から離れず準備に余念がないのです。そんな仏事が間もなく来月に予定されているので、今年のお盆はそれなりに長男の嫁の仏事に対する取組を見てみました。

 この地方では迎え火を8月14日の早朝麻殻を折って焚きます。8月4日にお寺の住職さんが棚行に来るというので仏壇を構え、お料具を作って供えました。以来お光と線香を欠かさずあげて14日まを待つのです。親類縁者がお盆のお墓参りにやって来て我が家に立ち寄り、仏壇にお供え物をし談笑して帰るので、妻はお盆期間中家を空けることは殆どありません。これも本家長男の嫁の務めと割り切っているようですが、これが中々大変なようです。仏壇のお料具膳を迎え火に合わせて作り、今朝も早く起きて同じような仏壇用の料理を作って供えます。今日の料理やお供えは夕方送り火を焚く時あの世へ帰って行く先祖の霊が持って帰るお弁当や手土産となるものだそうです。

 親類縁者は中々口うるさいものです。本家長男の嫁のこうした年中行事や仏事に対する行動をしっかり見ていて、信用を得るまでにはかなりの年月を要したようです。目に見えぬそうした鋭い視線や口に耐えて日々の暮しを組み立てている妻は口でこそ言いませんが偉いもんだと常日頃から思っています。

 昨晩母が登場する夢を見ました。親類縁者もエキストラで出演する豪華顔ぶれの他愛のないドラマでしたが、それでも母に久しぶりに夢で会いました。言葉も交わさず夢の彼方に消えていった母は私に何を伝えたかったのでしょう。察するに、「こうして今年も繁ちゃん(私の妻の愛称)に迎え火を焚いて迎えてもらってありがとう。母ちゃんも元気でいるからお前も身体には気をつけて、これからも家族仲良く過ごしてね」てな調子ではなかったかと思うのです。

 私を選択して結婚したその日から本家長男の嫁というレッテルを貼られ、そのレッテルに翻弄されながら30年余りを過ごしてきた妻、そしてわが息子の嫁も妻のような厳しい時代ではないにしても本家長男の嫁という地裁ながらもレッテルを貼られる息子嫁、日本の女性はこうして日本の古きも悪しきも清濁合わせて伝統文化を守ってきたのです。それらは古い因習として消え去ろうとしてしています。

  「麻殻を 折りて迎え火 焚く朝は 妻の顔立ち 神々しくも」

  「迎え火に 両手合わせる 親父見て いずれどちらか 親父のように」

  「長男の 嫁のレッテル 外したい そんな風にも 見える妻見る」

  「枕辺に 母が主役の 夢ドラマ 母は一体 何を言ったか」

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