shin-1さんの日記

○あなたにとって今欲しいものは何ですか?

 「あなたにとって今欲しいものは何ですか」と尋ねられたら、あなたはどう答えるでしょう。歳をとって老い先短い人は長生きする寿命や若さが欲しいというでしょうし、お金に困っている人はお金というでしょう。毎日あくせく働く人は時間が欲しいと思うでしょうし、リストラされ失業した人にとっては仕事が欲しいと思うに違いありません。また競輪や競馬、それにパチンコなどの賭け事に熱中する人はツキが欲しいと思うのも当然なことなのです。しかしいくら頑張ってみたところで若くはならないし、時間も24時間と決められ、ツキだって誰にでもツキがくれば胴元は破産して立ち行かなくなってしまうのです。人間はこのように幾らお金を積んでもどうにもならないことを他力本願的に求めるものだとしみじみ思うのです。

 私の場合もそれ程切羽詰ってはいませんが、若さも欲しいしお金もそれなりに欲しく、人生も毎日が男時でありたいと願って生きています。少し物足りないことの不満くらいですし、そんなに神頼みしたり他力本願的な考えは余りありません。

 「そうだなあ。私にとって今欲しいのは強いてあげれば時間かな」と思ったりします。2年前にリタイアし自由人となってから少しの間は自由時間を満喫していましたが、今は訳も分らなく忙しくなって、時には現職時代より忙しいと思う時が多くなりました。自分で言うのも何ですが、これでも一日を充実した時間の使い方をしているはずなのに、色々な時間的制限が加わるのです。朝起きて寝るまでに毎日2本のブログを書くだけで2時間は必要ですし、毎日ハガキ3枚も約小1時間かかります。人間牧場や私設公民館煙会所の訪問希望は順番待ちといったところです。ハガキだって1日3枚の制約で書ききれず、はがきを貰った相手にすまないと思いつつ時間的余裕がなくそのままになって気がかりで仕方がありません。読みたい本もそんなに読む時間がなく・・・・・・・・なんて考えると、やはり自由な時間がもっともっと欲しいのです。 

 しかしふと考えることがあります。例えばハガキですが私の時間に合わせた考えだと3枚以上は出さない方針が正しいけれど、少年式に話しに行って沢山の子どもたちから同時にハガキをもらった時など、相手は同じような考えで私にハガキを出してくるのですから、順番など決めず片っ端から返事を書かなければならないのです。また数日前お年寄りから緑の少年団の講演を聞いて感動したとハガキをいただきました。そんな場合は相手の境遇を考え出来るだけ大きな文字で返事を書かなければなりません。

 私たち人間は自分本位、自分を判断基準にして他人に対応します。私も若い頃は考えもしなかったことですが、目や耳が衰えてくる年代になると、「手紙やパソコンの資料は出来るだけ太い大きな文字を書かないといけない」と思うようになりました。

 第三者に対して何かを行う場合、その相手の身になって考え行動することの大切さを、日々の暮しのクセとして身に付けていきたものです。車椅子に乗った人の身になって歩いてみれば、世の中はもっともっと弱者に優しいまちづくりが進むはずなのです。

  「欲しいもの あり過ぎ困る 欲深さ 時間くらいで 留め置きましょう」

  「思いやる 優しい心 持ったなら この世の中は もっと楽しく」

  「少しだけ 大きな文字で 返事書く 相手の歳を 頭に浮かべて」

  「わが人生 登りきらずに 下り坂 小さな峠 幾つ越えたか」

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shin-1さんの日記

○花火大会

 昨日はふたみの夏祭りでメイン会場となったふたみシーサイド公園は終日多くの人で賑わいました。役場で観光協会の事務局を20年間も担当して、これらのイベントを企画運営してきただけに思いも一入のものがありますが、自治体の合併という出来事でそれらのイベントも表面上は同じように見えるものの随分様変わりしているようです。

 昨日は長女の家族と長男夫婦がやって来て夕食を一緒にしました。長女の夫も大学が夏休みながら学会や研究が忙しく中々出会いませんが、昨夕は久しぶりにわが家にやって来て、家の庭先は7台も車が止まって、親父が「何事か?」と思うほどの車の数でした。田舎は庭先が広いためこんな時は大助かりなのですが、草引きなどの庭の手入れが大変で、この敷地を維持する苦労をそろそろ親父から私に引き継がなければならない時期に来ているようです。

 夕食の後家族そろって夕涼みがてら花火大会を見学に行きました。生まれて3ヶ月になった孫もまるでカンガルーの袋のような抱っこ袋に入れられて娘に抱っこされて外出です。お産の後の初めての夜の外出とあって大事小事の気を使かった出で立ちですが、既に夜のお眠りモードに入っていたため、スースーと眠っていました。

 会場ではカラオケ大会や歌謡ショーが賑やかに繰り広げられていましたが、随分様変わりしたもので最近ではカラオケ大会や歌謡ショーも下火のようで、出店回りや花火の席取りの方が忙しく、昔ほどの盛り上がりはないようにも見えました。

 孫は漫画の主人公の彦猿とかのお面を買ってもらってご満悦の様子で、テンションをあげていました。

(後方に座っている長男の嫁も今月中旬には出産予定です。花火の爆発音で出産が早まるのではないかと心配されましたが、取り越し苦労のようです。また抱っこされた孫も花火の音で驚きはしないか心配しましたが、何のそのあの大きな音にも動ずることなく眠り続けました)

 私たち家族は観客に混じって階段式護岸の一角に陣取り、午後8時40分の花火大会に備えました。やがて最初の一発が夜空に吸い込まれ大きな音がして花火大会の始まりです。この花火大会も地元有志や集落ごとの寄付によって運営されるため、長引く不況でその運営が年々厳しさを増しているようですが、今年もこうして多くの方々の努力によって花火が楽しめることは喜ばしい限りです。

(花火が海面に映って二倍の美しさが楽しめました)

(花火の写真は難しいものです。綺麗と思った瞬間シャッターを切るとこんなピンボケになってしまいます。まあ心に焼き付けただけでもいいとしましょう)


 約30分間の短い花火大会は今年も盛況の内に終わりました。港の灯台の向こうには遠く三津浜の花火大会の花火が夜空にくっきりと見えました。何千発も上がる都会の花火大会も華やかでいいのでしょうが、こんなローカルな花火大会も規模こそ小さいもののいいのではないかと思います。花火大会の観客数が幾分少なかった

のは、多分同時開催の都会の花火大会のせいかも知れません。でもその分ゆったりとした気分で花火を楽しめました。花火の途中では美しさの余りに思わず観衆が大きな拍手を送ったのは、田舎ならではの感謝の拍手だと思いました。

 今日から花火大会の非日常から日常に戻り暑い夏を過ごさなければなりませんが、花火からいただいた活力を生かして夏を元気に乗り切りたいものです。

  「花火見て 拍手が起こる 有り難さ 寄付した人に ささやか感謝」

  「予定日の 嫁のお腹は 大丈夫? 花火の音に 中からけつる」

  「大物だ 花火の音に グーグーと 寝息聞こえる 孫の寝姿」

  「活力を 貰ったような 花火音 明日から元気 誓い新たに」 


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