人間牧場

〇あれから4年が経ちました(その1)

 今から4年前の平成20年11月14日と15日の両日、愛媛県において第26回地域づくり団体全公研修交流会が開催されました。色々な大会に関わり携わってきた私の長い人生において、この大会は実行委員長という重責を担っていたこともあって、忘れられない大会でした。手元にしまっている参加者募集の案内パンフレット、当日の大会資料、そして100ページに及ぶ報告書の3冊の印刷物を見る度に、過ぎ去った懐かしい日々が思い出されるのです。その中でも報告書の冒頭に総括のような形で私の書いたあいさつ文が掲載されていて、懐かしさ一入です。

当時私が奉公句所の冒頭に書いたあいさつ文

 茨城から愛媛へ、愛媛から佐賀へ、佐賀から青森へ、青森から熊本へ、熊本から鳥取へと大会のバトンはタッチされる予定でしたが、熊本が東日本大震災の被災を理由に中止したため、バトンを受けるはずの鳥取は大いに翻弄され、大いに混乱したようでしたが、空中分解しそうになりながらも岡崎会長さんや私を招いて昨年プレシンポをやり、何とか踏みとどまって鳥取大会の開催に漕ぎつけたのです。そんな義理もあって、長年の親友福田京子さんが実行委員長ということもあって、愛媛県から17人の参加者が瀬戸内海を渡り、中国山地を超えて参加しました。私は松本さんと浜田さんの3人で出かけました。

 28日の昼前に出発した私たちは、途中で昼食を取ったり、国宝の投入れ堂を見学したりしながら、初秋の鳥取路を楽しみ、前夜祭が予定されている鳥取駅前のホテルへ5時過ぎに到着しました。このホテルは1年前にプレシンポのあった場所なので、勝手知ったる雰囲気で意気揚々と乗り込みました。私も長い間地域づくりに関わってきているので、知人や友人、顔見知りの人たちも多く、行く先々で立ち話の輪が広がりました。
 いきなり知人が、「若松さん、電光掲示板は?」とのリクエストを受け、カバンの中に忍ばせていた電光掲示板を取り出して胸につけたところ、たちまち人気急上昇で、すっかり話題をさらいました。そういえば電光掲示板を使い始めたのは、愛媛大会からだったのです。

 

ずらり並んだ料理

 

前夜祭会場で美女に囲まれた私

 午後6時前夜祭は始まりました。メインステージの脇には鳥取県の海の幸や山の幸が沢山並び、私たちが直ぐ横のテーブルに陣取っていたこともあって、地域活性化センターの理事長さんや、鳥取県の要人も沢山ご挨拶に見えられ、また電光掲示板につられて名刺交換の人が列をなし、一箱用意した名刺は殆んどなくなってしまいました。酒を飲まない私は間隙を縫って大いにおご馳走をいただきました。郷土芸能やあいさつなどであっという間に2時間交流会は終わり、私たち愛媛県の一行は車で15分ほどの所にある羽合温泉羽衣というホテルへ入りました。

  「4年前 書いたあいさつ 読み返す 懐かしき日々 昨日のように」

  「一箱の 名刺なくなる 人気ぶり 電光掲示を 胸点け歩く」

  「何処行くの? ハワイ(羽合)旅行と 笑わせる 鳥取県に ハワイあるとは」

  「知り人が こんなに多い 驚きぬ 人生楽し ワハハのワハハ」

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