shin-1さんの日記

○鳥の目の情報は強くても虫の目の情報に弱い

 今日は午前中郵便局へはがきを投函しに行ったついでに市役所支所、それに商工会へお邪魔しました。会う人ごとに「お久しぶり」とか「元気でしたか」とか、立ち話に花を咲かせましたが、私が相手の人の暮らしぶりを知らないのと同じように、その人たちも私のことをまるで知らないようで、同じ町内に暮らしていながら生きている世界が違うなあとしみじみ思いました。

 私はこの双海町、詳しく言えば幼少の頃は下灘村、少年期から最近までは双海町、最近は伊予市という土地に住んでいます。幸い役場に35年間奉職したお陰でこの街の情報を共有し続けてくることができました。しかし今はその職場を去ったため、同じ街に住み続けていながら町内の情報は中々入らなくくなってしまったのです。でも私はまだまちづくりや青少年活動などに関わっていたり、インターネットでブログ情報を流しているため、そこそこ情報が入るのですが、同じように職場を去った人などは全く情報が入らないと嘆いていました。多分これからはもっともっと情報が入らなくなると思われるので、町内活動をもっと盛んにしてこの町に生きていることの意味をかみしめたいと思った次第です。

 そんな矢先一人の町民に出会いました。話の盛り上がりで私の家へ伺おうという話がまとまり、その人は昼を挟んでわが家へやってきたのです。「まあお茶でも」とお茶とお菓子でもてなし煙会所や海舟館、夕観所を一通り案内し、わが書斎で話し込みました。その人はお百姓さんですが、私の話から感じる私の生き方に感心して、「いい生き方をしているね」と褒めてくれました。「水も食べ物も空気まで美味しい田舎に住んで、たまに県内や県外へ出かける、そして何の束縛もなく大学へ行ったり講演に行ったりして、寸暇を惜しむべくボランティア活動をする姿は、自分の理想だ」というのです。

 自分では惰性のようになって気がつかなかったのですが、確かに言われてみれば私の生き方はリタイアした人から見れば、いやリタイアを目指す人から見ても、その人が言うように羨ましい生き方だと思っています。人から見れば他愛のないことであっても、小さな夢を持ち、その夢が少し等身大過ぎると思えば人間牧場のように5年計画を立てて、コツコツの努力でその小さな夢を実現しているのですから文句のつけようがないのです。

 私が私であるゆえんは私にしかできないことをやるだけで、それこそオンリーワンの世界のような気がするのです。人間牧場構想だって、セカンドハウスや別荘を持っている人は沢山いますが、人間牧場が何故オンリーワンなのか、それは学びという機能、地域づくりという機能を持っているからだと思うのです。人間牧場の学びが縁で年輪塾ネットという情報ネットワークを持っていますが、参加しているメンバーから主に県内の情報がどんどん入ってくるし、人との出会いも相当増えてきています。こうした鳥の目の情報に比べ虫の目の情報は得てして入りにくいものなので、これからはむしろ虫の目に意を配り、双方向の情報として活用してゆきたいと思っています。

 私は伊予市民で双海町民であることの自覚を再び意識してこれからも生きて行こうと思っています。


  「いつの間に わが住む町の 情報が 入らないとは うかつ千万」

  「あちこちを 出歩くことの 多かりし だけど身近な ことは分らず」

  「もうそろり 県民よりも 町民に なってこの町 舞台にしたい」

  「顔色が いいよと褒める 顔見知り 嬉しいことだ 顔色さえも」

 

 

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