shin-1さんの日記

投稿者: | 2009年9月13日

○時間が足りないと思う4つの原因

 人間に等しく与えれれた一日24時間、一年356日なのに、ある人は余裕綽々と暮らし、ある人は時間に追いまくられて暮らしている、その差は一体何なのだろうと、むしろ古社の部類に属して毎日あくせくと動き回る私は時々思うのです。そこで考えたのは「時間が足りないと思う4つの原因」でした。

 まず一つ目はメールです。私は毎朝4時に起床しますが、起きるとトイレに行く前、顔を洗う前、着替える前にまず書斎へ行きパソコンの電源を入れます。そしてパソコンが勝手に立ち上がる間に、トイレ、洗顔、着替えをしてパソコンの前に座りメールを呼び出します。最近はメールも利口になって迷惑メールと必要メールを寄り分けてくれるため大助かりですが、それでも幾つかのメーリングリストに名を連ねているため、かなりたくさんのメールを読まなければならず、その上処理となるとせっかく早起きしても1時間もかかることだってあるのです。それでも情報化社会に生きる者にとってはこれも大切な仕事と諦めて対応しているのです。

 「朝起きたらまずメール」という習慣は、私の時間の足りなさの最初のつまずきになっていることは事実ですし、何年か前までこの時間は本を読んだり、海岸清掃などのボランティアの時間だったようで、大きな時間組み立ての変化だと気がつくのです。加えてブログに毎日2本も欲張って記事を書いていることも時間圧迫の最大の原因のようだと気がつきました。

 二つ目は携帯電話です。携帯のメールに慣れていない私は、余り携帯のメールを使いませんが、携帯電話の使用頻度と利用料はうなぎ昇りのようで、自動引き落としなので財布への影響を直接感じないだけに気がかりです。携帯はもう社会の常識ですから、歩きながら、食事をしながら、時には寝転がってテレビを見ながら携帯電話で相手と話している姿を見て苦笑するのです。若い人ほどではないにしても、携帯電話で通話している時間は数年前までなかった出来事なのです。昔は電話はある場所に設置されていました。ゆえにある場所へ行かなければ電話はかけられなかったのです。今は人間に電話がついて歩くのですから、当然電話がかかってくる相手はいつどもどこでも私を呼び出せるのです。「今いいですか」と前置きして話してくれますが、その殆どは運転中や会議中であって、着信履歴に基づいて掛け直さなければならず、まあかなりの時間を費やされるのです。


 三つ目はミーティングです。自由人になった私にはさすがにこの時間は少なくなりましたが、役所や会社はミーティングがお好きのようで、まあミーティングの時間も給料をいただくのですから、打ち合わせと称する会議をやたらだらだらやるのです。私はこのミーティングが一番嫌いで、在職中は朝の5分間だけ立ってミーティングをやりましたが効果抜群でした。ミーティングは時間をかければいいというものでもありません。ミーティングによって生ずる参加者の時間的合計ロスを考えればミーティングはかえってロスが多いのです。


 四つ目は時間に対する考えの甘さでしょう。リタイアした私は妻に「何でそんなに毎日忙しいの。もっとゆっくり過ごしたら?」と、時々言われます。妻の目から見れば日々の私は、自由人と言いながら、時間に追いまくられて過ごしているように見えるのでしょうが、私から言えば時間を追って過ごしているのです。つまり私は妻より数倍充実した時間的日々を過ごしているのです。

 でもふと少し反省もします。もっと余裕を持って生きたいと・・・・・・。私のゼンマイはいつも張り詰めたようです。もしこのゼンマイが切れると奈落の底かも知れません。もうそろそろそんな歳になったことを意識して生きて行かなければなりません。昨日は妻の64回目の誕生日でした。10月には65歳となって私も高齢者の仲間入りです。今日も朝から4つの原因に悩まされながら一日を過ごすことでしょう。


  「まず起きて メール対応 する私 つまずきの元 余裕を奪う」

  「携帯が いつも私を 呼び出して 挙句の果ては 罰金払う」

  「ミーティング さすがに今は 少ないが あれも問題 気づかず今日も」

  「時間的 ゆとりあるはず リタイアで 私の暮らし 何故か忙し」