shin-1さんの日記

投稿者: | 2009年8月19日

○行きつけ馴染みの店

 かつて大酒を飲んでいたころは松山の街に私の行きつけの店が何軒かあって、二次会に繰り出すと財布の中身も考えないで、深夜まで飲み歩いていました。その都度10円タクシーと称して、片道25キロの道のりを自家用車で迎えに来ていた妻のことを考えると、すまない気持ちでいっぱいになります。でもあの飲み歩きで人と人のネットワークが随分広がり、後の私の人生を支えてくれた訳ですから、一概に間違いだったともいえないのです。

 でも酒を飲まなくなった10年前からは、その行きつけの店にも顔を忘れられない程度に顔を出し、仲間たちに紹介しているのですが、私の行きつけだった店は安い、親切をモットーにしている店なので、こんな不景気な時代でもどうにか乗り切って細々とお店を営んでいるのです。

 昨日は戒田節子さんのみかん一座25周年の公演が松山市民会館中ホールあって、仲間とともに出かけたのをいいことに、公演終了後飯でも食べようと相談がまとまり、市駅前の「いよじ」という飲み屋に立ち寄りました。板場さんと女将さんの二人だけでやっている小さな店ですが、もう20年も通っているお店です。昔は「一週間に10日来い」という歌があったように、一週間に3回も通った常連のお店です。ここの女将さんは白い割烹着のよく似合う女性で、ひいきの店なのです。板前さんは段々畑で有名な宇和島市の出身で、当然料理も南予系の美味しい食べ物がカウンターの上には並んでいます。私が一押しな料理は片口イワシの煮付けと天ぷらなのですが、酒を飲まない私はイワシの煮付けをおかずにして梅海苔茶づけを注文しました。大河内さんと青木さんも同じようなものを注文しましたが、清水さんと米湊さんはとりあえず生ビールを飲んだ挙句に日本酒を飲み始めました。

 飲むほどに酔うほどに話は面白おかしく大きくなって行くものです。盃ひとつで盛り上がり、酒の銘柄ひとつで薀蓄を語り、料理のメニューを見て昔を語るのです。隣に座った大河内さんとは同年代ということもあって短い時間ながら色々なことを話しました。ブログのこと、孫のこと、今年のみかんの出来栄えなどなど、積もる話をしました。酒飲みと下戸では話のテンポが合わないため、私と大河内さんは先に勘定を払って残りの人を置き去りにして店を出ました。二人で歩く花園街界隈もさすがにこの時間になると人通りも少なく、客待ちのタクシーが乗って欲しいような素ぶりで通り過ぎて行きました。日銀前の交差点付近も旧シャトーテルが取り壊され、一階部分にコンビニが入り、目の広場は憩いの広場に生まれ変わりました。それでも都会は昼と夜の落差はそんなにないと思っていましたが、東京などの大都会と違い、地方都市はさすがに夜は寂しい感じがしました。

 大河内さんとは農協会館の前の交差点で別れ、駐車している地域政策研究センターまで夜道の一人散歩を楽しみました。日中は残暑が厳しいもののお盆が過ぎてさすがに夜は涼しくなってきました。今年もあと10日ほどで8月が終わり、1年の3分の2が終わることになります。時の流れの速さを感じながら30分余りで家に着きました。昨日家を出るとき妻が「お父さん今晩は何時に帰宅予定、ご飯の都合が」と聞くので、「9時過ぎに帰るので晩ご飯は帰ってから食べる」と言って家を出ました。そのことをすっかり忘れて11時前の帰宅です。妻は美味しいにぎり寿司を用意して待ってくれていました。「食事はすんだ」とぶっきらぼうにいいましたが、少しだけ反省して風呂から上がり、寿司を食べました。本当は口の門限を9時と決めているのですが、昨日ばかりは門限破りでした。「いよじの女将さんがお前によろしく言っといてくれ」と言いよった。と話しながら12時になったので床に就きました。それにしても昨日は久しぶりに楽しい一日でした。


  「行きつけの 飲み屋の女将 いらっしゃい 大酒飲んだ 昔懐かし」

  「板前の 作りし料理 食べながら 昔回顧の 夏の夜深け」

  「止まり木に 止まって茶漬け すする音 ビール片手の 友は悪口」

  「いいもんだ 酒の勢い 借りながら 水も知らない 人と会話す」