shin-1さんの日記

投稿者: | 2009年8月18日

○お茶汲みは若い女性の仕事なの?

 つい最近、色々な職場を訪問して「あれっ」と思うことがります。それはこれま「新入社員や若い女の子の代名詞のように言われてきた「お茶汲み」の仕事がなくなって、男の人がお茶を入れて持ってくるのです。顔見知りだとさすがにバツが悪いのか、お茶を出すときに「こんなご時世ですから」と暗に人権配慮をちらつかせたり、「男ばっかりなので」と、逆にお茶は女性の仕事だが女性がいないだけなので」と人権無視のような言葉を述べたりするひともいて、千差万別なのです。

 確かに最近まで、いや今もお茶汲みは若い女性の仕事だと何の疑いもなく決めている人が随分います。夫婦なら暗黙で役割分担しているのですから余り文句は言えませんが、「若い」と「女性」というだけでお茶汲みの仕事を押し付けるのは決して好ましいことではないのです。しかし一方で若い女性がお茶汲みを「何で私たちだけがしなければならないの」と反逆するのもある意味どうかと思うのです。

 ある意味とは、若いと女性にとってお茶汲みという仕事が仕事の合間の雑用と思っている人が案外多いのです。接遇にとってお茶汲みは明るい挨拶と同じように雑事ではなく、来客とのコミュニケーションを取る上で最も大切な仕事だと位置づけるべきだと思うのです。私がある会社へ行ってまず感じるのは、会社へ入った時に受ける印象です。明るい笑顔の挨拶で迎えてくれれば誰だって気持ちがいいし、さりげなく言葉をかけてにこやかにお茶を出してもらえば、その会社への好感度は最高にアップするのです。「見た目8割」という言葉は商品を見た瞬間のお客さんの反応のことを言っていますが、挨拶とお茶汲み、それに整理整頓が生き届いた雰囲気を見れば会社の経営状態や経営方針がある程度分かるのです。

 ところが逆に「見ず知らずの人におへつをかくことはない」とばかりに挨拶をしなかったり、「何で私がお茶を汲まなければならないの」と不満タラタラの顔でお茶を出されてもお茶など飲みたいとは思わないのです。要は挨拶もお茶汲みも真心であることを肝に銘じるべきだと思うのです。


 昔私の結婚話があって、妻の職場へ私の叔父が偵察に出かけました。あえて長靴を履いた田舎者の恰好をして職場を訪ねた叔父にわが妻は愛想よくお茶を出したそうです。偵察から帰った叔父は私の父に「あの娘はええ子だから是非この話は進めた方がいい」と進言したようです。勿論そのことだけで結婚を決意したのではありませんが、それも大きな判断材料となりました。

 最近はお化粧や会社の制服も垢抜けしていて、ぽっちゃり方の美人が多く容姿に目が行きますが、私だと笑顔の挨拶とお茶を差し出す作法に目が行くのはやはり古い人間でしょうか。これも役場であった話ですが、仲人を頼まれた人が私の叔父と同じように役場へその娘の人となりを偵察にやってきました。顔も素敵なのですがたまたまその娘は少し汚れた靴のかかとを踏んで仕事をしていたようです。その姿を見て結婚話は破談になったようです。靴のかかとを踏んだくらいで破談とは乱暴な話ですが、これも身だしなみの一つだと思いました。

 要はお茶汲みを若い女性の仕事と決めつける職場の古い体質を人権という視点から直さなければなりません。と同時に若い女性も職場の人も、職場の顔としてお茶汲みを重要な仕事の一部だと考えて欲しいのです。


 ある役場が「お茶汲みは職場全員ですることに決めました」という記事が新聞に載りました。あなたはこの記事をどう感じますか?。


  「お茶汲みは 若い女性の 仕事だと 思うようでは 仕事はできぬ」

  「お茶汲みに 来たのではない 反論の 若い女性よ それは間違い」

  「挨拶と お茶で八割 見られてる そんな気持ちで しかと対応」

  「接遇は 何といっても 真心で 今を大事に 客を大事に」