shin-1さんの日記

○インク論争

 今日は年輪塾の塾生第一号浜田さんが、間近に迫った宮本常一歩きフォーラムの最終打ち合わせにわが家にやってきて、1時間ばかり雑談しました。浜田さんは私の友人の中では失礼ながら少し毛並みの変わった部類の人です。浜田さんから見れば私も少し毛並みの変わった人でしょうからまあちょぼちょぼとしておきましょう。

 今日はインク論争でした。私たちはイン奥の存在をよく知っています。本も雑誌も新聞もチラシも紙にインクで印刷されて文字や写真が再現されるのですが、最近はそのインクの存在を余り見る機会が少なくなったような気がするのです。私たちが若いころにはインク瓶に入ったインクにペン先をつけて紙に書いていました。インクは黒と青と赤の三種類でしたがペン先は渇くため何文字か書くと面先をインク瓶につけなければ万辺にきれいな文章は書けませんでした。高校生の頃姉が入学記念に万年筆を買ってくれました。その万年筆にはスポイドでインクを入れなければならなかったのです。

 ところがインクがカートリッジになって万年筆は重宝になり、いつの間にかインクの入ったインク瓶が机の上から消えてしまったのです。今ではパソコンのプリンター用インクもカートリッジで、インクがどんなものかもったくその正体は見えないままになってしまいました。ゆえに今の若者にインクの話をしても通じませんが、浜田さんと私は古いタイプの人間なのでインク論争がかみ合うので、何処か古い人間の戯言のような気もするのです。

 インクは染料と水分でできています。私たちの知識をインクに例えると、知識はどんどん増えているのに、忘れたり失ったりするものですから、インクの量はそんなに増えないようです。むしろ忘れることの方が多いため、余程勉強をしないと増えるどころか減ることだってあるのです。

 インクの中から色を取り出して使うことは大切な人間の知恵です。ところが何気なく過ごしていると色を取り出すことができないのです。さらにはその色を使って文字に加工して使うこともできないのです。長い間使わずにインク瓶の中で水分が蒸発し顔料だけが残ったのを見かけましたが、まさにこの姿が現代社会なのかもしれません。インク瓶にインクを継ぎ足す、インク瓶のインクを使って文字を書く、書いた文字で相手に伝える、何でもないこのようなことを私たちはおろそかにしているように思えてならないのです。

 万年筆に手を汚しながらスポイドでインクを入れ、あるいはペン先にインクをつけてラブレターを書いた懐かしい青春時代、書いた手紙は相手の心を動かしたことでしょう。私が第14回NHK青年の主張に応募した原稿用紙5枚の原稿も万年筆で書きました。多分海外派遣30周年記念論文募集に応募して総務庁長官賞を受賞した原稿用紙5枚の原稿はワープロになっていたでしょうが、文字をペンで書くことすら少なくなった今だからこそ、それらを懐かしく思うのです。

 手元に残る航海日誌と思われる実習船愛媛丸での日記も万年筆の文字なのです。

 浜田さんのインク論争は映画館で見たハリーポッターという映画にまで及び、結局は結論も出ぬまま終わってしまいましたが、インクを思い出しながら時代の変化の中で消えていったインクを懐かしく思いました。

 はてさて、私が高校生時代にラブレターを何回か書いた彼女は果たして元気に暮らしているのでしょうか。追跡してみたいと急に思いつきました。


  「スポイドで 手を汚しつつ インク入 手紙書きたる あの娘は何処に」

  「インクなど 今の人には 分らない 議論する人 賞味期限が」

  「折々に インクで書いた 原稿が 自分成長 手立てとなりぬ」

  「スポイドも 万年筆も 要らぬ世に 便利といえば 便利になって」

  

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