shin-1さんの日記

○広島へ行く途中の船旅を楽しむ

 「今日はこれから広島でまちづくり・人づくりセミナーがあり、講演を頼まれていますので出かけます。帰りは夜になります」。こんなメッセージをブログに書いて朝早く家を出ました。広島へ行くのは松山観光港から船に乗ると高速船で1時間20分くらい、フェリーだと倍の2時間40分くらい所要時間がかかるのです。このルートを高速船で往復すれば13,800円かかります。フェリーに乗れば往復7,000円と半額なのです。私のようなリタイアして年金暮らしの貧乏人間にとってはかなり高いと思うので、少し早く家を出て少し遅くなって家へ帰ることをいとわなければ、フェリーのノンビリ旅も悪くはなく楽しいものです。

 昨日の「まちづくり・人づくりセミナー」は午後からだったので思い切ってフェリーにしてみました。こんなスピードの速い時代にあえてフェリーに乗る人は少ないだろうと思いきや、私のようなへそ曲がりの人の沢山いて、縁もゆかりもないのに、「どちらまで行かれます?」とか、「面白いカバンをお持ちですね」と木のカバンを目敏く見つけて話しかける人もいて、和気あいあいの旅となりました。またフェリーニは和室というべきか横になって休める部屋もあって、ついウトウトしながら休めたり、本を読んだりして過ごしました。

 松山観光港を出て1時間半くらいで音戸の瀬戸という狭い場所を通ります。平清盛ゆかりの瀬戸は船が一隻通るだけの細い運がですが、行きかう船に注意しながら減速してゆっくり長閑に走るのです。やがてフェリーは途中の寄港地であるかつての軍港呉に到着します。ここは大型船から海上自衛隊の艦船まで、まるで船のオンパレード、見本市のように様々な船が楽しめるのです。特にIHIの造船所があるので10万トン級のタンカーが手の届くと子に見えるのは圧巻で、日本人の技術力の高さを垣間見ることができるのです。また沖合いには見たこともないような戦艦が停泊していて、軍国復活なんて想像をしてしまうのです。

若松進一ブログ

(珍しい潜水艦の航行風景)
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(呉IHIの建造船)

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(呉港に停泊している海上自衛隊の艦船)
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(大和ミュージアムの屋外に展示された潜水艦)

 ウトウトしていると、ある子どもが「お父さんあれは何?」と指さしていました。てっきり大和ミュージアムの屋外に展示している鯨のような潜水艦だと思いきや、海上を潜水艦が走っているのです。私たち一般の人間には馴染みの薄い潜水艦ですが、こうして目の前を悠然と走る姿を目にすることは珍しく、急いでデッキに出てデジカメに収めました。さっきの親子連れも私と同じようにデッキに出て、物珍しく眺めていました。

 私たちの乗ったフェリーが呉港に寄港している間に潜水艦は島影に隠れてしまいましたが、ほんの少しの間にいい光景を見て何か得したような気持になりました。


  「潜水艦 走る姿を 目の当たり 見知らぬ親子 デッキで感動」

  「呉港は 色々船の 見本市 見まがうほどに 楽し光景」

  「どちらまで はい広島へ 講演に 縁なき人と 言葉交わして」

  「のんびりと 昼寝しながら 瀬戸内の 夏の海行く 楽しからずや」

 

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shin-1さんの日記

○フィールド枠の授業で松山市堀江地区を訪ねました

 昨日は愛媛大学法文学部総合政策学科の私の教室の学生19人を連れ、フィールドワークの授業で松山市堀江地区へ出かけて行きました。概ね5人のグループを4つ作ってそれぞれのグループに4地区を担当させて学習しているため、学生たちも何かと積極的で、事前に担当の班長が公民館に電話連絡したり、様々な質問を用意していました。

 これまでフィールドワークで視察研修をする場所は、どちらかというと旧市町村を東・中・南予に分けて、私の知っている人脈を元に選んでいました。学生にもっと県内の各地の実態を見せてやりたいのですが、いかんせん学生たちは交通手段を持たないため、公共交通機関の便利な場所になってしまうのです。また朝8時から午後4時までという一回8時間の時間的制約もあるので、そんなに遠くまで行くことができないのです。この7年間で視察地に選んだ場所から松山市を除外していたのは、「松山市はいつでも行ける」「松山はでっか過ぎる」という私の思い込みでしたが、今回初めてまちづくりという視点で松山市堀江地区を選ばせてもらいました。

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(綺麗に整備された堀江海水浴場)

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(6月末で航路廃止されたフェリー)
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(堀江の繁栄の出発点となった一文字突堤)

 本来なら私は出発地のJR松山駅から同行し、解散する松山駅まで送り届けるのですが、今回は2~3調べていことがあって、堀江まで車で行って、現地堀江の駅で待つことにしたのです。少し早く自家用車で出発した私は、まず堀江の海水浴場へ向かいました。松山市と合併した中島町やごご島を除けば、梅津寺海水浴場が今年限りで閉鎖されることもあって、北条とここ堀江の海水浴場が近場では一番整備された場所となっているのです。堀江の海水浴場も市内から近い場所にあるため、過去には夏場になると若者を中心の夜間徘徊が苦情の

ネタになっていましたし、ジェットスキーとのトラブルもあったようようですが、今は護岸や養浜工事も終わって立派に整備されていました。

 もう一つ見たかったのは6月末で航路廃止となった堀江~阿賀フェリー発着場でした。何処まで行っても千円の高速道路料金割引の影響をもろに受けて利用者が激減し赤字経営で先行きの見通しがなく廃止となったのです。この航路は青函連絡船、宇高連絡船、宮島連絡船とともに堀江・仁方航路として旧国鉄が運航していました。しかし車社会の発展によって昭和40年代に廃止となり、その後民間がフェリーを運航していたのです。既に人影の消えた桟橋にフェリーの船が寂しくつながれている様は哀れで、時代の流れを感じました。

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(貨物列車車両利用の堀江駅駅舎)
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(堀江駅前の港まで通じる駅前通り)
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(辻に残る古い遍路路を示す道標)

 9時39分の列車が堀江の駅に到着し、19人全員が下りてきました。貨物列車の列車を利用した小さい漫画チックな駅舎は中々絵になる光景でした。堀江の町中を線路に沿ってゆっくり歩き10分ほどで公民館に到着し、石丸館長さんや河野さん、副館長さんに説明をしていただきました。私が何年か前に聞いていた堀江のまちづくりもハード面は中々進まずむしろ後退しているようでしたが、松山市全体のモデルとなっているソフト面はしっかりと運営されていて大変勉強になりました。

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(説明するまちづくり協議会のみなさん)
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(受講する学生たち)

 昼食はフェリー乗り場近くの食道から鍋焼きうどんと稲荷寿司を運んでもらい、いささかの支援にはならなくても学生たちがお金を落としてくれました。昼食後は松山市内で一番太い新池親水公園の見学に出かけました。かつて私が若い頃はこの池のほとりに県立中央青年の家があって、何度も研修にやってきた思い出の地なのでその当時のことが蘇りました。今は周囲1キロの遊歩道や水辺が再現された親水公園として整備され、地元のシンボルになっていました。近くには三浦工業の本社や工場、それに三浦美術館もあっていい雰囲気でした。

 取水口に繁殖したフナの稚魚が折り重なるように群がっている光景は異様で、学生の関心や質問も集中していたようです。館長さんたちのお陰でいい研修ができました。

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(堀江新池親水公園)
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(取水口に群がるフナの稚魚)


  「取水口 群がるフナの 稚魚を見て 学生何を 感じただろう」

  「この池の ほとりにあった 施設にて 何度研修 しただろうか」

  「閉鎖した フェリー乗り場は 人もなく 寂しく船は 係留されて」

  「久方に 堀江の町を 訪ねたが 光と影が 何処か交錯」

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