shin-1さんの日記

投稿者: | 2008年8月31日

○一升餅背負い

 私たちの地域では子どもの健やかな成長を願い、子どもが満一歳の誕生日を迎えるにあたって、一升餅を背中に背負わせて歩かせる珍しい風習があります。各家庭で餅をつくことが殆どなくなったため、どの子どももという訳ではありませんが、わが家では私も私の息子もしてきたことなので長男の息子、つまり私の孫にもしてやろうという事になりました。

 妻は数日前にもち米を買い込んで準備を始めました。その折娘の長男朋樹には外孫ということもあって一升餅背負いをしていなかったので、孫希心と一緒に娘の次男である孫尚樹にも用意しようと、それぞれ一升餅を作ることにしたのです。一昨日の夕刻妻と二人で蒸し器と電動餅つき機を取り出し餅つきです。最近は正月の餅もシーサイドの加工場でつくので、わが家での餅つきは久しぶりなのです。蒸し器で蒸したもち米を餅つき機に入れると、僅か5分ほどで綺麗な餅が出来上がるのです。妻は少し大きめの寿司桶に白い片栗粉を引いてつき上がった餅を入れてぐるぐる回し、まるでお月様のような真ん丸いお餅が2個出来上がったのです。その状態で一晩寝かせて固まった餅をダンボールの箱に入れ、昨夕妻と二人で息子と娘の家を相次いで訪問しました。



 妻は今日誕生日を迎える内孫希心のためにご馳走も用意していました。希心はあいにくお昼寝の最中でしたが、早速起したのが悪かったのか少しご機嫌斜めで、風呂敷に包んだ餅を背中に背負わせると本泣きで手の付けられない状態です。それでも何とか母親がとりなして無事一升餅を背負い歩き初めをしたのです。

 子どもの成長は早いものであれから一年があっという間に経ちました。希心は体重も10キロ前後とかなり大柄です。這うことが苦手でしたが今では這うことも出来るし伝い歩きも出来るようになりました。自分の体力の減退とは偉い違いです。妻の用意した料理を食べながら家族で色々なことを話しました。息子の家族も間もなく私たちの元へ帰って同居を始める予定ですが、同居は同居なりに問題も多いようなのでしっかりと話し合って心の準備をしてから始めようと思っています。まあ何はともあれ目出度い一升餅背負いとなりました。



 私たち夫婦は息子の家をおいとまして娘の家へ出かけました。今度は娘の次男尚樹に一升餅背負いをプレゼントするためです。尚樹は5月18日が誕生日なので既に足腰もしっかりして歩けるようになっています。希心と同じように風呂敷で一升餅を背負わせましたが、ここでも尚樹は大パニックで泣いたり笑ったりしながら持ちを背負って歩きました。

 昨夕は娘夫婦と孫朋樹、それに近所に住んでいるわが次男の一生が大和屋のビアホールへ食事に出かけるため、尚樹のお守りと留守番を頼まれました。私たち夫婦は孫尚樹を乳母車に乗せて1キロ近くも離れた祝谷にある「そら」というパン屋さんまで散歩がてら娘から頼まれたパンを買いに行きました。乳母車に乗った尚樹は大喜びでしたが直ぐに眠りこけてしまいました。今から寝せると朝早く目を覚ますらしいので起して、靴を履かせて歩かせました。少しヨタヨタ歩きですが行きつ戻りつ何と500メートルも歩きました。途中犬の散歩をしている人に何人も出会い、その都度「ワンワン」と一つしかいえない言葉で興味を示し、散歩は大成功です。

 往復1時間の散歩を終えて帰り、簡単な食事を済ませて寝かせました。二人でNHKテレビ思い出のメロディーを見聞きしました。今年40周年を迎えるこの番組は私たち夫婦の生きた時代でもあり、殆どの歌が口ずさめるものでした。「白い花の咲く頃」を歌う岡本篤郎さんは八十歳を越えているというの素晴らしい歌声でした。青函連絡船100年、ロカビリー3人男、浜口庫之助特集など心に残りました。

 やがて娘家族が帰り、孫朋樹を連れて約40分の道をわが家へ帰って来ました。孫の成長に目を細める楽しい夕べでした。

  「一升の 餅を背負いて 歩かせる 二人の孫は 有難迷惑」

  「孫が泣き 周りは笑う 泣き笑い 健やか成長 これも幸せ」

  「散歩する ヨチヨチ歩きの 孫の後 ついてヨタヨタ 爺と婆」

  「思い出の メロデイー聞いて 口ずさむ 懐かし歌が 心に染みる」


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